犬鳴峠 事件。 【心霊スポット】犬鳴峠(旧犬鳴トンネル)の事件や事故、行き方まとめ

犬鳴トンネル

犬鳴峠 事件

みなさんこんにちは。 今回は心霊スポットに関する記事です。 心霊スポットと言えばあの「犬鳴峠」ですが、犬鳴村という存在しないはずの村もネットでは噂になっております。 犬鳴村 心霊スポットといえば「犬鳴峠」 過去に悲惨な事件が起きたために、心霊スポットとして語られる地となった。 某心霊タレントも何度も語っているほどである。 しかし、もう1つ犬鳴という地には怖い噂が存在する。 その名も「犬鳴村」 この村は、現在では存在せず、ダムに沈んでしまった村である。 だが、今回紹介するのはダムに沈んだ村のことではない。 地図には載っていないが、現在に至るまで確かに存在していると言われているのだ。 村人以外の人間が足を踏み入ってしまえば、たちまちひどい目に遭うという。 近くには「は存在しない」という旨の看板が立っている。 今まで多くの心霊スポットマニアが捜索していたが、村は見つかっていない。 犬鳴村の噂 ・犬鳴村の初出 犬鳴村に関しては、結構新しいようなイメージがありましたがネット上に存在する記録としては、1999年が最古のものです。 「犬鳴峠について書かれている」 ページはを確認しても閲覧することができませんが、同スレ内にコピペがありましたので引用します。 依頼主 匿名希望 タイトル 『日本に在って日本でない村』 依頼内容 福岡県で犬鳴峠という地元ではとても有名な心霊スポットがあります。 私は心霊の類は一切信じないのですが、この地域はどうやら心霊だのなんだのを抜きにして非常に奇妙な場所のようなのです。 犬鳴峠の、あるトンネルの横に普通では絶対見落としてしまうような畦道があります。 その畦道を登っていくとどんどん道は狭くなっていきます。 それでも上っていくと、 なんと地図に載っていない村があるのです。 畦道の途中には「 この先、つうじません」といった旨の立て札もあるそうです。 ある夜、この村に行こうとした知り合いは、村の入り口(?)にプレハブ小屋を見つけました。 ふと車を止めてそのプレハブを見ていると、いつのまにか4、5人の男が集まっていて、所謂キレた(イった)目でこっちを見ていたそうです。 彼らはすごい速さで車に近付いてきて、「これはヤバい!!!」と思った知り合いらは慌てて来た道(村の入り口は急に広くなるためUターンができる)を引き返したそうですが、 車の後ろ部分は、斧のようなものでボロボロにされたそうです。 また昼に村に行った別の知り合いは、昼には村には誰もいなくて、ボロボロの木 で戸を打ち付けられた家が何個かあって、広場(?)のような開けた場所に、島根ナンバーの白い車がグチャグチャになって放置されていたといいます。 そういえば、以前、この地域で島根のルが行方不明になったという話がありました・・・。 また、奇妙なことにその周辺では、どこのメーカーの携帯電話も圏外になるという奇妙な現象も起こります(私のもそうでした。 また、未確認ですが、そこからもっとも近い某コンビニの公衆電話は110番が通じないとのことです。 ある人から聞いたのですがこの村は、警察や国家権力の介入ができない「特別なんとか保護(?)地域」なんだそうです。 たしかに、地元ではとても有名な場所に関わらず、TV等の取材もなぜか峠止まりなのです。 一説には、この村は江戸時代以前とても酷い差別を受けていていつからか外界とのを一切断ち、その村だけで自給自足し、また女性の絶対数が少ないため近親相姦を繰り返し、遺伝的に危ない人になったのではという話もありますが、それは単なる憶測に過ぎません。 一刻も早い調査をお願いします。 最近、興味半分でこの地域に行く若者が急増しているのです・・・。 進行状況 未調査 これは恐らく日テレに調査依頼がきており、それをHPに載せていたのだと思われます。 さて、上記のコピペには犬鳴村と明言されていないものの、現在流布されている犬鳴村の噂とほぼ一致します。 ただ、板の書き込みを見てみると、以前から同様の噂を聞いたことがある人もいるようなので、正確な情報は分かりません。 少なくとも1988年の悲惨な事件によって犬鳴峠が心霊スポットとして有名になってから、犬鳴村の噂も生まれた可能性は高いです。 ・犬鳴村は存在するのか 冒頭にも書いたとおり、「犬鳴村」は実在しました。 にもそのことは詳細に書いており、正式名は犬鳴谷村と呼ばれていたそうです。 ですが、今回の犬鳴村とは実在した村のことではなく、あくまで現在、存在し続ける地図に載っていない村のことです。 以下のサイトにこのような情報がありました。 その後頂いた投稿情報によると、もともと「犬鳴峠付近には村があり、そこに近づく日本人は殺された」という噂があったようです。 江戸時代にが存在したという噂もあるらしいですが、それに関してはに存在しないという旨の情報が載っています。 「の炭鉱地帯には、いくつもの地獄谷と呼ばれるところがある。 そうした地獄谷には、きまって部落がある。 大正時代に集中的にして、炭鉱の周辺に住みついたものか、あるいは解放後に炭鉱から追い出されて、帰国もできずにいたが集まりスラム化したもので ある。 (略)約二十八ヶ所の〔地獄谷または〕峠は、の地図には載っていない」(林, 1994,p. 52,〔 〕内は論者による補足)。 (1994).『地図にない峠:強制連行の足跡をたどる旅』. 犬鳴峠とそう遠くない場所に、部落と呼ばれる、かつて炭鉱強制労働を行っていたの部落が存在していたという噂もあります。 ただ、筆者はこれに関してこのように言っています。 これらが「地図に載ってない、のありらん峠」についての記述だ。 少なくとも論者が 2013 年 9 月 16 日、18 日に犬鳴山に登り、調査した限りにおいては、「ありらん峠」または「ありらん部落」が存在していた/いない「証拠」を見い出すことはできなかった。 峠に関しては、以下のサイトにも情報が載せられています。 この鯰田から鴨生にむかって三菱専用の線路が引かれていた。 鯰田小近くにはの収容地があった。 鴨生にも集落があり、小さな丘陵地は「峠」とよばれた。 こちらで書かれている部落の位置に関しては、犬鳴峠から約25kmほど離れており、少し遠いです。 結局何が言いたいかというと、本項の冒頭に書いた「犬鳴峠付近には村があった」という話は、あながち嘘ではなかったことです。 かつて犬鳴峠で起きた事件、犬鳴峠付近の事情などが合わさって、現在、噂され続けている「犬鳴村」が生まれたのかもしれません。 結論としては、犬鳴村は存在しない噂程度のレベルですが、それに纏わる話等はあながち嘘ではなく、犬鳴村の元ネタとなった可能性もあるということです。 ちなみに、これはネットの後追い情報になりますが、犬鳴村があると言われている場所は航空写真で閲覧可能ですが、何もないです。 数軒の住宅はあるようですが、村と呼ぶには小さすぎますし、確かに地図には村として載っていないでしょう。 あとがき 個人的に「が通じません」の看板は、不気味さがあって好きです。 sumaapu0.

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福岡県で最も有名な心霊スポットといえば、なんといっても 「犬鳴峠(いぬなきとうげ)」です。 実際に 人が亡くなった事故や事件が多発しており、福岡どころか、 日本最恐 といっても過言ではありません。 犬鳴峠には、 旧犬鳴トンネルがあります。 ここもまた単体で、心霊スポットとして有名なのですが…… この旧犬鳴トンネルの先には、 日本国憲法が通用しない という伝説の 「犬鳴村」があるというのです。 今回は福岡県の最恐心霊スポット、犬鳴峠と旧犬鳴トンネル、そして犬鳴村伝説と実際に起こった 4つの殺人事件や事故についてまとめて紹介します。 また旧犬鳴トンネルの 場所や行き方も解説しますので、要チェックです。 福岡県の最恐心霊スポット:犬鳴峠の心霊現象 犬鳴峠では、今までに数多くの心霊現象や心霊体験が語られています。 山道の下りにさしかかるとブレーキが効かなくなり、事故を起こしそうになる。 車の計器がおかしな動作を起こし、電子機器類にも異常を引き起こす。 近づいた人間が金縛りにあうなど、体に変調をきたす。 犬鳴峠での心霊体験や本当にあった怖い話はでくわしくまとめています。 ぜひご覧ください。 福岡県の最恐心霊スポット:犬鳴峠と旧犬鳴トンネルの場所と行き方 犬鳴峠とは、福岡県宮若市と福岡県糟屋郡久山町との境(犬鳴山)をまたいで存在している峠のことを指します。 犬鳴峠には現在トンネルが開通しています。 これが 「新犬鳴トンネル」で、県道21号線にあたります。 犬鳴峠の心霊現象は、この新犬鳴トンネルでも起こるといわれています。 しかし本当にヤバいのは、この犬鳴峠にある 旧犬鳴トンネル(正式名称は「犬鳴隧道(いぬなきずいどう)」)です。 新犬鳴トンネルが開通したことで、旧犬鳴トンネルにつながる道が新犬鳴トンネル側に付け替えられたのが1975年のこと。 そのため旧犬鳴トンネル、およびそこに向かう道は 旧道(現在の主要道路ではない道路)となりました。 さらに現在では、旧犬鳴トンネルとそこに向かう旧道は 原則立ち入りが禁止され、廃道になっています。 崩落の危険などのほか、不法投棄や不良のたまり場になってしまっていたからです。 実際に、凄惨な殺人事件も……。 では旧犬鳴トンネルには、どうやって行ったらよいのでしょうか? 久山町側はトンネルには行きやすいのですが、先ほど書いた通り、防犯上の理由で 閉鎖されています。 柵で通行止めになっているほか、防犯カメラも設置され、 不法侵入者は警察に通報されるというむねの看板が立っています。 宮若市側(犬鳴ダム側)の旧道は、開閉式の柵があり車の通行が規制されています。 一見、通行止めに見えるのですが、実は犬鳴山の河原之河内 かわらんこうち から続く登山道がここにつながっているため、 登山者なら登山道として通ることが許可されています。 車で行くなら、 犬鳴ダムの駐車場を利用しましょう。 犬鳴ダムは若宮氏の県道21号沿いにある県営ダムです。 犬鳴ダムから新犬鳴トンネル方面へ徒歩で向かいます。 徒歩15分ほどで、旧犬鳴トンネルに続く、 柵で閉鎖された旧道に着くはずです。 この柵から旧道を進むこと15分、 旧犬鳴トンネルに到着します。 途中には 犬鳴山への登山道がうかがえるほか、 犬鳴隧道の開通碑が目に入るでしょう。 そして開通碑の右側に旧犬鳴トンネルがあるのですが、 現在はコンクリートブロックでふさがれていて、入ることはできません。 ほんの少し隙間が空いているので、中をのぞくことはできます。 また当然、かつては中に入ることができました。 トンネルに入れた当時は、白い車で行くと、車のいたる所に赤い血で染められた手形がついたりしたそうです。 この旧犬鳴トンネルを抜けた先には、 日本の地図から消されてしまった「犬鳴村」が広がっているという伝説があります。 と、ここで犬鳴村伝説のお話に入る前に、 旧犬鳴トンネルで実際に起こった、凄惨な殺人事件について紹介したいと思います。 この事件を知ったら、トンネルが現在ではブロックでふさがれてしまったのも納得のはず……。 犬鳴峠(旧犬鳴トンネル)で実際に起こった4つの惨殺事件と死亡事故 福岡県の最恐心霊スポット、犬鳴峠の逸話はこれだけでは終わりません。 旧犬鳴トンネルでは、1990年代後半に 凄惨な殺人事件が起こっているのです。 5人の少年が知り合いの人間を拉致、リンチを加えたうえに生きたままガソリンをかけ、焼き殺したといいます。 心霊スポットは基本的に人目につかない場所や、薄暗いところが多いので、同時に総じて 不良やヤンキーのたまり場になりがちです。 人目につきにくいということは、 事件も起こりやすいということ。 実際に2000年1月13日には、犬鳴ダムで 女性の白骨死体が発見されるという事件が起こっています。 詳細は不明とのことで、現在も事件の全貌は明らかになっていません。 そんな事件の被害者の無念が、さらなる心霊現象を呼び起こしているのかもしれません。 そんな犬鳴峠で心霊スポット探検に行った帰りには、必ず 事故に遭うといいます。 たとえば1992年6月28日の、北九州市の自動車事故です。 少年10人が乗った自動車が電柱に激突。 幸い死者はでなかったものの、重傷者が多く有名になりました。 犬鳴峠への心霊スポット探検を行った帰り道での事故でした。 また2001年2月10日、福岡県二丈町福井では、少年ら5人が乗った軽自動車が2トントラックと正面衝突を起こしています。 4人が死亡したとのことですが、生き残った1人によれば、 犬鳴峠に幽霊を見に出かけた先での事故だったようです。 村の入り口には、 「コノ先、日本国憲法通用セズ」と書かれた看板があるそうです。 旧犬鳴トンネルがまだ通じていたころ、見たものがいるといいます。 犬鳴村は 江戸時代からあるといわれます。 一般社会から隔離され、 迫害された人々が寄せ集まって作られた村という説があるからです。 また別の説では、 疫病が流行したときに、その病にかかった患者たちを犬鳴村に無理やり追いやったとも……。 どちらの説にしろ、犬鳴村の人たちは通常社会から完全に隔絶された場所に追いやられ、閉鎖的な村の生活を送らされたのです。 犬鳴村には現在でも、迫害された経験を子々孫々まで受け継いだ人々が住んでおり、外の社会の人間に対する恨みをもっていると伝えられます。 また犬鳴村に行った者が、村の広場に放置された、 白いセダンの残骸を見たという話があります。 この白のセダンのナンバープレートは、 島根のものでした。 かつて、島根県から福岡県の心霊スポットを巡っていたカップルがいました。 犬鳴村の噂を聞いて面白半分で村に入ったところ、 鎌やクワをもった村人たちにセダンから引きずり降ろされ、殺されたという事件があったといいます。 放置された白のセダンは、この事件の被害者のものだったのでしょうか……。 また先に話したように、旧犬鳴トンネルに 白い車で入ると、 赤い血の手形がつくといわれています。 なんとも因縁めいていますね。 今回は福岡県の最恐心霊スポット「犬鳴峠」と、それにまつわる旧犬鳴トンネルや犬鳴村伝説を紹介。 実際に起こった4つの事件や事故、場所や行き方を解説しました。 福岡県には犬鳴峠以外にも、や、、など、本当に怖い心霊スポットがたくさんあります。 どれもオカルトオンラインでまとめていますので、ぜひご覧ください。 現在はまだ、旧犬鳴トンネルを目にすることができます。 しかし唯一の入口も、近い将来には完全に閉鎖されてしまうでしょう。 ホラー好きの方は、今のうちに日本屈指の心霊スポットを訪れてみてはいかがでしょうか。 しかしもちろん、自己責任でお願いします……。

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【閲覧注意】最恐の心霊スポット「犬鳴トンネル」へ潜入…『犬鳴村』は実在した<写真36点>

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犬鳴峠(いぬなきとうげ)リンチ焼殺事件【怪異談】 1988年12月7日の昼、犬鳴峠で福岡県田川郡方城町伊方の工員・Uさん(20)が焼死体で発見されました。 警察は田川地区の少年グループ5人(16~19歳)がUさんにガソリンをかけて焼き殺したと断定、殺人と監禁容疑で逮捕しました。 Uさんは親孝行な青年だったそうです。 事件発生時、Uさんは仕事を終えて帰路についたところでした…… 事の発端は、たまたま信号で停まっていた車に乗っていたUさんにヤンキーたちが 「女を送るのにカッコつかんから車貸せ」 と言い出したことでした。 それを断ったUさんを、ヤンキーたちは暴行、拉致して連れ回し、更に暴行しました。 見張りのヤンキーの隙を見て逃げ出したUさんは、傷ついた体で歩いて家を目指しました。 しかし、通りすがりの車に助けを求めなかったUさんは、追ってきたヤンキーたちに再び拉致されてしまいます。 激怒したヤンキーたちは、Uさんを苅田港へ突き落とそうとしましたが、Uさんは死にたくない一心でフェンスにしがみつき、必死に暴行を耐えました。 その姿を見てさすがに憐憫の情が湧いたのか、それとも恐ろしくなったのか、 「もうよそう」と一人が言い出しましたが、主犯の男は犯行が発覚することを恐れ、 「俺たちは共犯だからな」 と仲間を脅してUさんを殺すことを決意します。 Uさんは車のトランクに押し込められ、クランクやレンチなどの工具で暴行を受けました。 ヤンキーたちは、最初は力丸ダムにUさんを沈めようとしましたが、死体が浮いたらばれるので、焼き殺して身元をわからなくしようと、ひと気のない廃道の旧犬鳴トンネルへと向かいました。 旧トンネルに着き、ガソリン(バイクがガス欠になったと嘘を言ってガソリンスタンドからペットボトルに入れて調達)を頭からかけられてUさんは恐怖で悲鳴をあげ、それは不気味な旧トンネルに大きく響き渡りました。 この事件が起こるよりもずっと以前から、この旧トンネルには怨霊にまつわる多くの話があります。 それもあってか、ヤンキーたちが一瞬ひるんだ隙にUさんは旧トンネルを走り抜け、雑木林に逃げ込みました。 ヤンキーらは「何もしないから出てこい。 嘘じゃないから」と呼びかけます。 普通なら、ここまで暴行されて信じるはずがありません。 しかし、Uさんはそれを信じて姿を現してしまいました…… ヤンキーたちは、三度Uさんを捕まえ、口に破った服をねじ込み、手足を縛って石で頭を何度も殴りつけました。 その血しぶきはガードレールにまで飛び散ったと言われています。 それでも死ねず命乞いするUさんに、ヤンキーたちは更にガソリンをかけ、火を放ちます。 Uさんは助けを求めてもがき、激しくのたうちまわりました。 ガードレールには焼けこげた衣服などがこびりついていたと言います。 Uさんは苦しみに狂乱してトンネルの入り口まで走って逃げ出しますが、そこで力尽きて倒れてしまいました。 ヤンキーらは一旦そこを立ち去りますがUさんが死んだかどうかを確かめに戻っており、三回目でようやく動かなくなったのを見届けて福岡市内へ戻ったのだそうです。 その後、ヤンキーたちは飲み屋で 「さっき人ば焼き殺した!」と、ご機嫌に言い放ったのだとか。 Uさんの死因は頭からの出血ということでした。 失血死するまで生きたまま体を焼かれるという想像を絶する痛みと苦しみを受け続けたのです。 翌日昼、Uさんの遺体は発見され、その後ヤンキーたちは逮捕されました。 1991年3月8日、福岡地裁で行われた控訴審判決において、主犯(21、犯行当時19。 福岡県田川郡の露天商手伝い)の男は一審で無期懲役を言い渡され、「確定的な殺意はなく、量刑は重過ぎる」と減刑を求めて控訴しましたが、前田一昭裁判長は「犯行は他に類例を見ないほど残虐。 被告はその中心的な役割を果たしており、責任は重い」としてそれを棄却、他のメンバーも有罪となりました。 (了).

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