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映画「こんな夜更けにバナナかよ愛しき実話 」ネタバレあらすじと結末・感想|起承転結でわかりやすく解説!

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もくじ• 主人公 北海道札幌市。 鹿野靖明(大泉洋)幼い頃より難病の筋ジストロフィーを患い、34歳になる今では体で動かせるのが首と手だけ。 24時間365日だれかの介助がないと生きていけない体にも関わらず、医師の反対を押し切って病院を飛び出し、市内のケア付き住宅で自ら集めた大勢のボラ(ボランティアの略称)に囲まれ、自立生活を送っている。 鹿野靖明(大泉洋) 全身の筋力が徐々に衰えていく進行性筋ジストロフィーという難病を抱える 鹿野靖明さん(しかの やすあき)を取材したノンフィクション作品。 1人では体を動かすことが出来ないだけでなく。 痰の吸引を24時間必要とする鹿野が選んだ自立生活と、それを24時間体制で支えるボランティアたちの交流が描かれている。 本来病院で絶対安静な 鹿野さんが選んだプライベートを大切にする生き方をボランティア研修生としての北大生 田中久役(三浦春馬)とその恋人 安堂美咲役(高畑充希)の関わり、そして安藤さんの生き方を実直に描かれた作品です。 大泉洋(経歴)• 2012年度第35回日本アカデミー賞 優秀主演男優賞• 2014年度第6回TAMA映画賞 最優秀男優賞• 2015年度第39回日本アカデミー賞 優秀主演男優賞• 2015年度第58回ブルーリボン賞 主演男優賞• 歌詞の世界は、主人公の鹿野さんとリンクする部分も多く物語に彩りを加えているという。 なお、同曲は12月に配信予定とのこと。 【ポルノグラフィティ コメント】 <岡野昭仁コメント> 鹿野さんの生きた世界は、厳しくもあり、孤独でもあったと思います。 しかし、それに負けない強さと優しさを持ち合わせていたのではないでしょうか。 そのすべてをイメージしながら楽曲制作をしました。 <新藤晴一コメント> 鹿野さんが聴いたらどんな風に思うのかと考えながら歌詞を書いたのですが、 彼の強さをどう表現すればいいか最後まで悩みました。 表現したかったことが聴いてくれた方に伝わればうれしいです。 トレーラー 4. 5 主人公。 鹿野さんが描かれたストーリーですが、障碍者として人のふれあいや人間関係、鹿野さんにとって活きる為に必要なボランティアの方々との関係が見どころ。 私自身も想像できないような苦しみや苦難がありふれていてその中でも印象的なシーンがありました。 学生のボランティアが電話でボランティアを辞めたいと切り出した時。 学生は本当に困っている人、鹿野さんは「自由だし幸せそうじゃないですか?」と言い放ち。 俺は「人生を楽しんじゃいけないのか!?」と反論するシーンです。 このシーンは流石にひどいく、どこか潜在的に障害者を下に見ている人間性が垣間見えるシーンでもありました。 確かにボランティアは給料をもらう事もなくとても大変で責任の伴うものです。 しかし、鹿野さんにとってボランティアが居なくなることがどれだけの恐怖で不自由なのかが解りました。 ストーリーも評価されるべきですがキャスト。 大泉洋さんと 安堂美咲さんの演技は格別でした。 太々しく愉快に生きる鹿野さんと大泉洋さんのキャストもさることながら女優 安堂美咲さんの演技も素晴らしかったです。 優しい声と鹿野さんとのやり取りでは笑いあり涙ありで印象深いシーンが多かったです。 【こんな夜更けにバナナかよ】.

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【みんなの口コミ】映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』の感想評価評判

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今年見た中で最低の1本。 あんまり酷い出来だったから、見た後事実を確認した。 映画版の大きな変更点は、主要ボランティアとして大きく話を動かす三浦春馬や高畑充希。 このカップルは架空の人物らしい(!?) それから、タイトルにもなっているバナナの話。 あれはもともと家にバナナがある状態で、それを取ってこいと言ったわけであって、映画で描かれたように家に無いから深夜に買ってこいと命令したわけではないよう(誇張にしてもこの改変、やりすぎ) 他にも沢山あるけど割愛。 で、本題。 映画は役者が演じる時点で限界があるわけだし、事実を忠実に再現しろとは決して言わない。 変えたことで映画が面白くなるならそれで納得できる。 ただ、「愛しき実話」と題しておいてこの大幅な脚色っぷりはどうか。 実際にはやってないことがやっていたことかのように扱われ、実際にいない人が話を動かす…これじゃあもう作り話の域だ。 実際の人物に対する敬意を感じようがない 肝心の映像といえば、無理に緊張感を演出しようとしたのか接写だらけ、手ブレだらけ。 全編を通して変わり映えがなく、集中が何度も切れた。 事実から変えたところを面白く見せようという工夫すらないわけだ。 めまいがしてくる ところで主役の鹿野はかなりの喫煙者だったようだけど、そこの生活描写なんかもバッサリなくなっている。 製作にデカデカと出る(24時間TVでお馴染み!)日テレ側としての、なんとしても障碍者を清潔にしたいという願望の表れだろうと邪推してしまう。 それから大泉洋の役作りにも気になる。 あの筋ジストロフィー患者には到底思えない流暢なセリフの数々。 何度でも言う。 「愛しき実話」と題するこの映画の、一体どこを事実だと信じればいいというのだろうか….

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筋ジストロフィーの鹿野さんの在宅介護のノンフィクション。 筋力が弱っているので寝返りをうてないので床ずれ防止のため定期的に体位交換が必要で、また、人工呼吸器を使っているので痰の吸引が常時出来るようにしておかないと呼吸困難を起こしてしまう。 吸引は穴を開けたのどから肺入り口までパイプを通して行うので命がけだ。 24時間体制の3シフト制で365日をボランティアで埋めないといけない。 鹿野さんは自らの判断で一人暮らしを始め、その生活をボランティアに依存している。 ボランティアと鹿野さんの間は壮絶な闘い。 鹿野さんもボランティアもTVドラマに見るような善人ではない。 鹿野さんはボランティアを罵倒しながら使う。 ボランティアは苦労しながらもなぜか鹿野さんの面倒を見続ける。 筆者は鹿野さんのエゴをどのように理解したらよいのか苦しむ。 この本をまとめながら筆者は鹿野さんの世界に引きずり込まれ人生を大きく変えるような影響を受ける。 他のボランティアと同様に偶然のきっかけでありつつも、呼ばれるべくして呼ばれ、鹿野さんの望む役を果たしたのだろう。 (この本は鹿野さんにとっては自叙伝の出版だ)書き終えたのと同時に鹿野さんは亡くなる。 鹿野さんとボランティアの貴重な時期を秀逸なノンフィクションにまとめ、多くの人々に問いかけることとなった。 一日一日が死に向かっていると自分でわかっている時、人はどういう行動だろうか。 自暴自棄になるか、あるいは 残された日まで精一杯生きるのか・・・。 面白い。 介護の本であるのに「面白い」というのは不謹慎かも しれないが、本当に面白いのである。 私の「介護者と介助者は純粋無垢で美しい関係」で結ばれているという構図が消え去ってしまった。 この本を読んで・・・ 鹿野さんと彼を取り巻く多くのボランティアたち。 鹿野さんだけでなく、この本に描かれているそれぞれの人間模様に多くの共感を覚えるところがある。 人によってボランティアをする意義がちがう。 それは例えば、本当に困っている人を助けたいとか、誰かに必要とされていること確認したい、はたまた自分より不幸な人を見て生きる力をもらうetc・・人間の弱さと強さ、やさしさと厳しさが垣間見ることができた。 この本を読んで、主張することの大切さを学び、また自分の障害者とボランティア 健常者 の「障害者<健常者」という一種のステレオタイプが剥がされた。 この本の面白さは、ルポルタージュ形式で臨場感あふれるタッチで描いている点である。 まるで自分が鹿野さんやボランティアの隣にいる錯覚に陥ることだ。 またボランティアをしている健常者のそれぞれの生き様や考え方を織り交ぜているので、「介護」というある意味気難しいテーマも介護の経験をしたことがない健常者にも自分の人生と思いを重ねて共感をおぼえることだろう。 ちなみに私の友人5人に回し読みで本を貸したのだが、全員が最後で号泣したとのこと。 もちろん私が泣いたのは言うまでもない。。 本書の登場人物である鹿野氏は進行性筋ジストロフィーという病による障害をもちながらボランティアによる24時間介助を入れ自立生活をしている人物である。 この本は、その鹿野氏とボランティアの関わりについてとても深い思索をもとに綴られている。 作者の登場人物たちに対するそれぞれの話の切り口がとてもうまく、今までになかった本である。 障害者の鹿野氏にしかできない何かがそこには確かにあったのだ。 が、共感できるか? と言われると、同じように介助者を入れ自立生活している身としてはあまり共感できない。 ある意味、濃い人間関係がもたらされることによって、自戒と自分を律する意識が欠けていくことは怖いことだと感じるのは私だけだろうか。 介助者は障害を持つものにとっての社会的なエンパワーメントを促す存在であることがノーマライゼーションの思想の根底にある。 つまり介助者がいてはじめて、日常生活ができる、自分がしたい仕事ができる、というような一般的な選択肢を得ることができるわけである。 しかしながら、自立生活を長く続ける障害者に多く見られるように、ボランティアや介助者に人間同士の深い関わりを求めてすぎてしまうと、そこで社会性が閉じられてしまう。 残念ながら、鹿野氏の生活にもそういった側面を垣間見てしまうのだ。 もちろん、そういう選択肢しかなかった当時 現在も 社会制度に一番問題があるのだが。 とはいえ、それを補うほど、うらやましい魅力が本書にはある。 ひとつの人生として鹿野氏の生き様を一度感じてみるのは悪くない。 この本の評判は聞いていたのである程度予想はしていましたが、想像以上の現実感でした。 そして、この現実を作り上げた張本人たる重度障害者の鹿野氏のすさまじいまでの生きることに対する意欲。 これは一障害者の物語でもなく、ボランティアの物語だけでもなく、社会制度の問題にもとどまりません。 日本人論であり、コミュニケーション論であり、哲学でもあり、恋愛論でもあります。 そしてさらに、小説でもないのに、多くの個性豊かな登場人物を生き生きと表現している著者の表現力にも感心しました。

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