ジュゴン ブログ 皇室。 伊勢志摩にショートトリップ 2日目

[活動報告]ジュゴンについての勉強会

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ジュゴン Dugong dugon VULNERABLE Ver. 1 2001 附属書I : : : : : 海牛目 : : ジュゴン属 Dugong Lacepede, 1799 : ジュゴン D. dugon Dugong dugon , Trichechus dugon Muller, 1776 Trichechus dugung Erxleben, 1777 Dugong indicus Lacepede, 1799 (ジュゴン属の模式種) ジュゴン 英名 ジュゴン( 儒艮、 Dugong dugon)は、ジュゴン科ジュゴン属に分類される哺乳類。 本種のみでジュゴン属を構成し、現生種では本種のみでジュゴン科を構成する。 分布 [ ] 、西、。 モザンビーク北部やマダガスカルから、紅海・ペルシャ湾・インド・インドシナ半島・ボルネオ島・ニューギニア島・ニューカレドニア・バヌアツ近海にかけて分布する。 北限は(北緯30度周辺) 、南限は(南緯30度周辺)。 マダガスカルやモーリシャス、台湾近海では絶滅したとされ 、違法密猟や石油流出、藻場の減少などの環境破壊により世界的に個体数が減少し続けていると推定されている。 現在、ジュゴンの生息数が最も多い海域は、シャーク湾からモートン湾にかけてのオーストラリア北部の海とされており、2017年時点で約5,500頭が生息している。 日本における分布 [ ] 概要と歴史 [ ] 日本哺乳類学会のレッドリストでは、のジュゴンを1997年に絶滅危惧種に指定しており 、水産庁のレッドデータブックでも「絶滅危惧種」となっている。 沖縄の場合、漁網にかかると藻場の減少などがジュゴンを危機に追い込む大きな要因となっていると見られている。 2000年10月10日には IUCN 総会で、「沖縄のジュゴンとノグチゲラとヤンバルクイナの保護」の決議が採択された。 以降の南西諸島の多数の貝塚、遺跡でジュゴンの骨や歯が出土しており、出土例はで4例、で62例、で5例、で3例にのぼる。 愛知県の貝塚や佐賀県の遺跡での出土例や、江戸時代の屋久島での捕獲例などもあり、本州・四国・九州まで迷行・漂着していた可能性もある。 明治時代の頃には、からまでの南西諸島に広く分布し、目撃例も多かったとされる。 中でも八重山列島は分布の中心とされ 、戦後も、の名蔵湾、周辺、西表島東部のや南西部の鹿川湾等での目撃例や捕獲例がある。 沖縄県では明治中頃からが盛んとなり、ジュゴンの捕獲数が増加した。 1902年に県によってダイナマイト漁は禁止されたが、密猟は太平洋戦争直後まで続いた。 このことが国内においてジュゴンが絶滅状態へと加速させた大きな原因の一つと考えられている。 現況 [ ] 1960年代からは、沖縄県での出現記録は、ほぼ沖縄島周辺(1965年 - 2004年の確実な出現記録は20例で、うち沖縄島が18例で東海岸に集中、が2例 )に限られるとされてきた。 また、沖縄島周辺以外でも、西表島、久米島、奄美大島等で、少数の目撃や死体漂着の報告があるが、2006年時点の環境省の報告書では、沖縄島周辺以外にも本種が生息しているのか、迷行・移動したのかは、不明とされた。 ただし、2018年度の調査で、先島諸島でも2000年以降に多数の目撃情報があることが明らかになっている。 沖縄本島周辺 [ ] 沖縄県では、沖縄島のや周辺でたびたび目撃されている が、2004年以降の確実な出現記録はない。 目視観察により確実に個体識別されている個体は3頭であり、これらの個体は沖縄島東海岸の周辺及び西海岸の古宇利島周辺の海域を生息地とし、両海域を北端の経由で往来することが確認されている。 ただし、個体Aは2015年9月以降 、個体Cは2018年9月以降発見されておらず、2019年3月には、個体Bとみられる死体が運天漁港で発見された。 一方、2017年には、個体識別されている3頭以外に子供とみられるジュゴンが目撃された例もある。 先島諸島 [ ] 近年の出現記録が沖縄本島周辺に集中していることから、(宮古列島、八重山列島)では絶滅した可能性があるとの指摘もあった。 しかし、2018年度の調査で、写真等の確実な証拠はないものの、2000年以降に11件(個体5件、死体2件、はみ跡2件、ふん2件)の目撃情報があることが分かった。 個体は、2018年8月に近海で石垣航空基地所属のが親子と思われる2頭のジュゴンを目撃したのをはじめ、、西表島で目撃されている。 また、2019年度の調査では、宮古列島の及び八重山列島の周辺で新たに海草のはみ跡が確認されるとともに、目撃情報も得られている。 奄美諸島等 [ ] 奄美大島ではに捕獲・撮影されて以降は確実な記録はない。 一方で奄美大島での2002年11月 - 2003年4月の聞き取り調査では、未確認だがで複数の目撃情報もある。 南西諸島以外では、に沖で定置網にかかった個体が発見され放流されたが、後に死骸が漂着した例がある。 形態 [ ] 全長3メートル。 450キログラム。 体色は灰色で 、腹面は淡色。 全身は長い柔毛と短い剛毛でまばらに被われる。 頭蓋骨 鼻面は下方に向かい 、円盤状。 鼻腔は吻端前方に開口する。 眼は小型で 、頭部背面付近に位置する。 眼後部に耳孔が開口する。 15 - 20センチメートルの牙状の切歯が2本あるが、骨の中に埋没している。 臼歯の数は6本。 胸鰭はしゃもじ形。 胸鰭に爪がない。 尾鰭は三角形。 尾鰭後縁には切れ込みが入る。 出産直後の幼獣は体長1 - 1. 2メートル。 体重20 - 35キログラム。 6本の小臼歯があるが、生後1年以内に脱落し代わりに臼歯が萌出する。 オスの成獣は上顎第2切歯が1 - 2センチメートル萌出する。 観察例からこれは交尾の際に滑りやすいメスを扱うのに用いるとする説もある。 乳頭は胸鰭基部の腹面に位置する。 前肢は短く顔には届かない。 が多く、消化しにくいを食べるので、40メートル以上という長いを持っている。 生態 [ ] 熱帯や亜熱帯にある浅海に生息する。 季節的な回遊は行わないが、数百キロメートルを移動することもある。 シャーク湾やモートン湾では季節移動を行うとする報告例もある。 単独もしくは母親と幼獣からなる数頭の群れを形成することが多い。 生息数が減少した現在ではまれであるが、数百頭に達する大規模な群れを形成することもある。 胸鰭を使って海底を徘徊し、速く泳ぐ際には尾鰭を使う。 遊泳速度は時速3キロメートルで、危険を感じた時は時速22キロメートルで逃げることもあるが長続きはしない。 野生下の潜水時間は平均1分12秒から1分30秒・平均1分23秒の報告例がそれぞれあり後者では最長6分40秒の報告例もある。 空中観察から水深11 - 12メートルまで潜水できると考えられている。 一方でオーストラリアのクイーンズランド州では水深33メートルで食跡が発見された例もある。 飼育下での潜水時間は最長13分20秒の報告例がある。 人間による狩猟などがない地域では聴覚を頼りにダイバーやボートに興味を持って接近することもある。 食性は植物食で、 Holodule、 Holophila、 Cymodocea、 Thalassiaなどの海草を食べる。 昼間に採食を行うが、人間がいる地域では夜間に採食を行う。 摂取した食物は144 - 168時間(6 - 7日)、体内に留まった後に排泄される。 オーストラリアでは洪水やサイクロンにより海草が広範囲で死滅することがあり(例として1992 - 1993年にハーヴェー湾では洪水とサイクロンにより海草が約1,000平方キロメートルにわたり死滅した)、そのような場合は別の場所へ移動するか繁殖を遅らせる。 繁殖様式は胎生。 交尾は鳥羽水族館でオスが斜め後方からメスに接近し、前肢でメスを固定した後に陰茎を挿入した観察例がある。 妊娠期間は13か月。 1回に1頭の幼獣を産む。 出産間隔はオーストラリア周辺では3 - 7年。 授乳期間は18か月。 幼獣は母親の胸鰭後方について泳ぎながら乳を飲み、母親は前肢で抱きかかえながら授乳はしない。 低緯度地方では生後6年、高緯度地方では平均で生後17年で性成熟する。 寿命はメスは歯の成長輪から最大73年と推定されている。 人間との関係 [ ] 有史以前から狩猟の対象とされた。 を包んでいたのは本種の皮だったと考えられている。 肉が不老不死や媚薬になると信じられたこともあり、骨で作った装飾品も刃物や鉄砲に対するお守りになると信じられていた。 涙も相手に付けることで恋愛成就の効能があると信じられていた。 日本では琉球王朝時代に新城島では年貢()として本種の肉(皮ともいう )を納めていた。 食用や油用、皮革用、牙の狩猟、海洋汚染、漁業やサメ避け用の網による混獲などにより生息数は減少している。 オーストラリアではの先住民には狩猟が許可されているが、他地域も含めて密猟されることもある。 日本では生活排水・牧畜廃液・除草剤・農地開発による赤土の流出・海岸開発・モズクの養殖に伴う海洋汚染およびそれによる食物である海草の減少、定置網や底刺し網などの漁業による混獲による絶滅が危惧されている。 遺跡や文献・聞き取り調査から以前は南西諸島広域に分布し 、主に八重山列島に多く分布していたと推定されている。 好適な環境があるにもかかわらず近年の八重山列島での記録がないのは、定置網などによる漁業が盛んなため混獲により地域個体群が絶滅したためと推定されている。 文献によると南西諸島では1800年代後半から1900年代初頭にかけて約200頭が捕獲された。 1894年から1916年までの23年間に300頭前以上が伝統的漁法で捕獲されたとの推計もある。 沖縄県では、戦後の食糧難の時期に行われたダイナマイト漁によって生息数が激減したとの通説があるが、この推計はそれ以前の伝統漁法による捕獲が大きく影響したことを示している。 2018年現在では沖縄県のレッドデータでは絶滅危惧IA類とされている。 日本では1972年に国の天然記念物に指定され 、2003年からは鳥獣保護法でも捕獲や殺傷が原則禁止されている。 絶滅危惧IA類 CR () 日本で唯一飼育されているジュゴンの「セレナ」(2013年) 神経質で飼育は非常に難しいとされており、世界の2か所の施設で2頭だけが飼育されている。 1頭は、もう1頭はのにいる。 鳥羽水族館ではかつて2頭が飼育されていたが、オスの「じゅんいち」が2011年2月10日午前8時25分に死亡した。 じゅんいちは鳥羽水族館で約31年間にわたって飼育され、世界最長飼育記録を更新していたが、それも11,475日目で途絶えた。 これにより日本国内での飼育は同水族館のメス「セレナ」1頭だけとなった。 、「セレナ」の飼育期間が11,476日を達成し「じゅんいち」の持っていた世界最長飼育記録を更新した。 以下に、日本の水族館での飼育例を示す。 (現、)• 性別・名前不詳 - 1968年12月15日入館、17日後に死亡。 水族館(沖縄県)• メス、名前不詳 - 1975年9月入館、22日後に死亡。 メス、名前不詳 - 1975年9月入館、23日後に死亡。 メス、ジュンコ - 1977年5月20日入館、1985年6月17日死亡。 オス、ジュン太郎 - 1977年9月入館、17日後に死亡。 オス、ジュンイチ - 1979年9月11日入館、2011年2月10日死亡。 メス、セレナ - 1987年4月入館。 (現、沖縄県)• メス、名前不詳 - 1979年1月18日入館、33日後に死亡。 名称 [ ] 属名、英名は duyung がフィリピンで使われている経由で入ったもので、「海の貴婦人」(lady of the sea)の意味だという。 「儒艮」は当て字。 日本では、生息地域であるからにかけての方言で、「 」、「ザンヌイユー」・「ザンノイヨ」・「ザンノイユ」(ザンの魚)、「アカンガイ」・「アカングヮーイュー」(アカングヮーは赤ちゃんで、イューは魚という意味) などと呼ばれる。 なお、「ザンヌイユー」を化した「ざんのいを」の語形もあって、「犀魚」の字をあてることもあるとされる。 また、宮古列島には「ヨナタマ」・「ヨナイタマ」、八重山列島の新城島には「ザヌ」、西表島には「ザノ」の方言名があり 、琉球王府公用語では「ケーバ」と呼ばれた。 伝承とイメージ [ ] 「」も参照 伝説上のは西洋と東洋とで大きく姿形が異なるが、いずれの人魚もジュゴンがモデルであるとの通説がある。 上半身が人間の女性で下半身が魚や海獣の人魚が本種と結びつけられた理由としては、本種は胸鰭の基部に1個ずつ乳頭があり、これが隆起し乳房のように見えるためとする説もある。 また、ひれ状の前肢で子を抱いて、立った形で海上に浮くからだともいう。 しかし、ジュゴンの姿は人間の女性とはかけ離れているので、初めに上半身が人間・下半身が魚や海獣といった人魚のイメージができあがり、後になって本種と結びつけられたと推定されている。 西洋における人魚のモチーフとなったとする説もあるが、伝承が伝わるアイルランドやデンマークなどは、ジュゴンの生息域から大きく外れている。 ジュゴンの肉は非常に美味なため、不老不死の効能や媚薬としての効果があると信じられてきた。 日本ので、比丘尼が口にして800年の命を得た人魚の肉は、ジュゴンの肉であるとされる。 日本の琉球地方ではの神の現世への乗り物とされたり、助けたジュゴンに津波の襲来を教えられ恩返しされるといった伝承やジュゴン漁に関する民謡などがある。 脚注 [ ] []• (accessed March 6, 2016)• 2015. Dugong dugon. The IUCN Red List of Threatened Species 2015: e. T6909A43792211. Downloaded on 06 March 2016. Husar, " Dugong dugon," Mammalian Species, No. 88, American Society of Mammalogists, 1978, pp. 1-7. Anderson 「カイギュウ目」粕谷俊雄訳『動物大百科2 海生哺乳類』大隅清治監修 D. マクドナルド編、、、142-149頁。 332-335. (・2016年3月6日に利用)• 2017年6月5日. 2019年3月19日閲覧。 2007年8月21日, at the. IUCN日本委員会. 2007年7月8日時点のよりアーカイブ。 2019年8月24日閲覧。 農林水産省. 2018年10月24日時点のよりアーカイブ。 2019年8月24日閲覧。 当山 昌直、仲地 明、城間 恒宏「 」 『沖縄史料編集紀要』第37巻、2014年、 39-58頁、 2018年6月25日閲覧。 琉球朝日放送報道制作局、2009年5月4日• WEBRONZA 朝日新聞社. 野上隆生 2017年8月31日. 朝日新聞. の2017年12月12日時点におけるアーカイブ。 沖縄タイムス. 2018年11月8日. の2018年11月8日時点におけるアーカイブ。 産経ニュース. 2017年3月20日. の2017年3月20日時点におけるアーカイブ。 琉球新報. 2019年4月18日. の2019年4月18日時点におけるアーカイブ。 沖縄タイムス. 2019年4月17日. の2019年4月17日時点におけるアーカイブ。 八重山毎日新聞. 2019年4月18日. 八重山日報. 2019年4月19日. 琉球新報. 2020年4月1日. 沖縄タイムス. 2020年4月1日. 宮古毎日新聞. 2020年4月4日. 宮古新報. 2020年4月3日. 小倉剛、平山琢二、須藤健二、大泰司紀之、向井宏、川島由次 「琉球列島におけるジュゴンの分布北限に関する聞き取り調査」『野生生物保護』9巻 2号、「野生生物と社会」学会、2005年、49-58頁• 明田佳奈、河村章人、「」 三重大学生物資源学部紀要 2001年 27巻 p. 85-103, :• 日本語. 伊勢志摩経済新聞. 2018年9月15日. 2018年9月16日閲覧。 鳥羽水族館. 2019年1月16日閲覧。 伊勢新聞. 2011年2月11日. の2011年2月11日時点におけるアーカイブ。 2011年2月11日閲覧。 鳥羽水族館公式ホームページ. 2019年1月16日閲覧。 、朝日新聞、2018年9月15日15時55分。 、鳥羽水族館、2018年9月15日。 山口博哉 2000年3月. パンフレット ジュゴンのはなし. 2018年11月8日閲覧。 () 2004年6月4日, at the. 「中日春秋」(、2014年8月19日)による。 北限のジュゴンを見守る会. 2019年1月16日閲覧。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 ジュゴンに関連する および があります。 ウィキスピーシーズに に関する情報があります。 - 宮古列島のにあるヨナイタマ伝説が残る池。 外部リンク [ ]• - 沖縄県文化環境部自然保護課.

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ボロロン速報 : 喜納昌吉候補のポスターに描かれてるイラストはマナティであってジュゴンぢゃない 2ch「マナティー動乱」「これでジュゴン票が逃げたか」「まあジュゴンには選挙権無いしな」

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>「百田尚樹、マジ最っっ低! ジュゴンは辺野古周辺を餌場にして生息してたんだよ! そこに汚い土砂を投入したら死んじゃうよ。 勝手に死んだんじゃ無くて殺されたに他ならないんだよ。 あんたも同じ目にあってみろよ。 自宅に土砂投入されて食べるものも無くなってしまう思いをしてみろ。 ところで貴女は日本の地図読めるのか?(爆) ジュゴンは今帰仁村の海で死亡したそうですが、辺野古から陸路で10km以上あるのに、どうやって移動したのかね? タクシーで移動したんでしょうか? それとも空を飛んだ? 空飛んで、着地失敗して死亡したのかw 今や、このご時世はネット社会です。 この様な裏付け(エビデンス)がない嘘は直ぐにバレる事にいい加減気付けと言いたいw それとも、テレビや新聞からしか情報を得られない情弱者ばかりを狙っての確信犯? もしくは発言しない方が身の為です。 すげーバタフライエフェクトだな。 ・因果関係を科学的に証明してください ・生息していた3頭のジュゴンの内、2頭は老体と確認されていたそうです。 単純に寿命と考えるのが普通 ・現在、死因解明を行っていると聞きます。 解明結果を待とうではありませんか。 決めつけ、レッテル張りは良くありませんよ。 まるでヘイトスピーチのようです。

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「ジュゴンのオレオレ詐欺」を見た!:ぼくが見た「沖縄」

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ヒソヒソ ヒソヒソ ジュゴンっているのかしら 「ジュゴンっているの?」 昨年12月27日、仲井真知事が辺野古の公有水面埋立を承認しました。 よくこの問題に関して、 「大浦湾に住むジュゴンが死ぬぞ-!」と言って過剰に大騒ぎする人が出てきます。 マスコミが率先してやっており、地元の名桜大学の学生なんかもろくに調べずに「ジュゴンのいる海を守れ-!」とか言っちゃっています。 「大切なものは目に見えない」といえばサン・テグジュペリの 「星の王子さま」の名言です。 騒がれている割に、沖縄県ではジュゴンをなかなか見ることはできません。 141万人を超える県民の中で、ジュゴンを見たことがある人は100人もいないんじゃないでしょうか。 そして多分「辺野古」に行ったことがある県民はほとんどおらず、「辺野古」がどこなのかわかっている県民も少ないと思います。 ちなみに「辺野古」と、話題の「普天間基地」はこちらです 私も 辺野古の漁師さんと食事会をさせていただいた時に、見た人が1名、そして「食ったことがある」人が1名いましたwww というか、 「ジュゴンを見るために沖縄に来たよ」という観光客に出会ったことがありません。 本当にいるんかいな? それに対して、保守側は「辺野古にジュゴンはいない」と極端なことを言ってしまったりします。 これに関して、今まで環境問題を研究する変態sacomさんがブログ記事にまとめてくれています。 結論から言えば 、「辺野古にもジュゴンが回遊することがあるが、定住しているわけではない」 「ジュゴンは埋め立てによって死ぬ可能性は低いが、寿命がきたら死ぬ」 「ジュゴンの食べるアマモは辺野古以外にもたくさんある」 といったところでしょうか。 正直あまり面白く無いのですが、この「FEC」は何故か基地問題が大好きで執拗に絡んできます。 勉強していたらマシなのですが、事実誤認しまくりのうえ「お笑い米軍基地」なるトンデモナイ舞台を作り、DVD化までしてしまいました。 あの「琉球新報」が大喜びで支援するような内容なので大体お察しかと思いますが、皇室批判、米軍基地への事実誤認の批判等々を繰り返してイメージ操作を行っているわけです。 このお笑い米軍基地には、なんとジュゴン君が登場します。 「辺野古の海草しか食べられません」と電話で相談してくるんですが・・・・ お前好き嫌いすんな!! ジュゴンは全世界に10万頭いると言われていますが、そのジュゴンが辺野古を目指して北上してくるのでしょうか? 宇宙戦艦ヤマトのイスカンダルもビックリの設定です。 辺野古以外に海草は無いのでしょうか? 沖縄県庁のホームページに「ジュゴンのはなし」というジュゴンの関連資料まとめが掲載されています。 (上記リンクからPDFでダウンロードすることができます) ジュゴンが食べる海草の位置を示した地図を見てみましょう。 緑色の円が、ジュゴンが食べる海草の分布図を示しています。 「あれ、辺野古以外にも結構あるじゃん」と思いませんか? ちなみに私が勝手に書き足したものですが 青い点=埋立地 赤い点=ジュゴンが目撃、海草を食べた後が確認された場所 を示しています。 これを見ると、ジュゴンは辺野古以外の海草もきちんと好き嫌いしないで食べていることが、おわかりになると思います。 「あれ、ジュゴンが食べる海草の場所が埋立地を結構重なってるような・・・」 そうです! 今まで、沖縄県はジュゴンが食べる海草が生えている場所をおかまいなしに埋め立ててきているのです。 そして、今回「ジュゴンを守れ!」って言っている人たちは、米軍基地が絡まない埋め立て問題をスルーしてきました。 沖縄に住んでわかることですが、沖縄の人は泳がないし、それほど海に関心がありません。 釣りをするか、砂浜でビーチパーティーをするくらいです。 その間にどんどん埋め立ては進み、こんな記事が出るほどでした。 沖縄の県土面積は二二七一・三平方㌔㍍となって、前年より多良間村水納島に匹敵する二・二一平方㌔㍍増え、都道府県別の増加面積で初めて一位となった。 増加は埋め立てによるもので、国土全体の増加面積分(九・四平方㌔㍍)の四分の一近くを占めた。 二〇〇〇年の県土全体の増加面積は、国土地理院が基準地形図を現在の二万五千分の一に変えて統計を取り始めた一九八九年以降で最大規模。 この十二年間の合計増加面積は八・四九平方㌔㍍となり、与那原町(四・四五平方㌔㍍)のほぼ二つ分に匹敵する県土が、生まれた計算だ。 増加面積は市区町村別でも、県内から二位の豊見城村(〇・八平方㌔㍍)を筆頭に、六位に平良市(〇・三二平方㌔㍍)、八位・糸満市(〇・二六平方㌔㍍)、九位・西原町(〇・二五平方㌔㍍)の四市町村が、全国十位内にランクイン。 観光リゾート地の形成や企業立地、宅地造成など地域・産業振興を目的に、臨海部の埋め立てが進行する県内の状況が浮き彫りになった。 一位は福岡市の一・〇九平方㌔㍍だった。 国土の増加面積が、北方四島の再測定で約五十平方㌔㍍に増加修正された九二年を除き、ほとんど十平方㌔㍍前後で推移し、「数年前に比べると埋め立ては落ち着いてきている」(国土地理院)。 逆に沖縄は、この三年間で増加傾向。 中城湾港泡瀬地区の事業が走り出すのをはじめ、同沖縄支所では「空港、港湾整備の需要は今後もあることから面積の増加は当面続くだろう」とみている。 おかしいなぁ・・・・沖縄の美しい海がどんどん埋め立てられているのに・・・・ ジュゴンが食べる海草が生えている場所がどんどん埋め立てられているのに・・・・ 辺野古以外にはなぜ反対しないのかなぁ??(すっとぼけ) おかしいですよね・・・・ 県民の命に関わる国防に関する埋め立てには反対して、娯楽のために人工ビーチを作ってジュゴンの食べる海草を埋め立てることはOKなんだから・・・・ しかも、辺野古移設に関する埋め立ては環境アセスメントを通過してきているので、環境への影響が最低限抑えられているわけです。 結論から言えば、沖縄ではジュゴンのオレオレ詐欺が横行しています。 ジュゴンがいろんな場所で「辺野古以外には暮らせない」と言って回っているわけです。 しかし、データを見ると広い海域を回遊していることが明らかなのです。 ジュゴンを守りたいからではない・・・・辺野古移設を邪魔したいが故に「ジュゴンを守れ」と言うのです。 また無料チケットを協賛金額に応じてお送りいたします。 池間哲郎先生を紹介する平成25年8月18日の【産経抄】 カメラマンの池間哲郎さんは貧困地域の支援や撮影のため、もう200回近くアジアの国々に足を運んでいる。 あるとき、カンボジアの人たちと食事をしながら恐る恐る聞いてみた。 「カンボジア人は今でも日本を憎んでいるんですか」と。 だが聞かれた方はキョトンとし「なぜそんなことを言うのですか」と逆に聞き返した。 「日本を恨んでいる人は誰もいません。 全く反対です」。 年長者の発言に全員がうなずいた。 池間さんは、日本人がアジアの人々から嫌われていると思っているのは大間違いだと言う。 「徹底的に反日教育を続ける3か国は別として」アジアの人々は日本が大好きと断言するのだ。 昨日も書いたが、15日の戦没者追悼式で安倍晋三首相が日本の「加害責任」に触れなかったと、一部マスコミが糾弾していた。 中国、韓国だけでなく日本人にも「嫌日」をあおっていると思えるからだ。 だがそこで首相が「加害責任」や「反省」の念を述べることは「あなた方は間違った戦争のために死んだのです」と突き放すようなものだ。 国を思い戦陣に散った人々にはとても耐えられまい。 だがそれは中韓に気兼ねしての政治的発言だった。 今年、慰霊と政治とを切り離したことは英断とさえいえる。 「嫌日」国などごくわずかであることを確かめたい。 家庭を守る主婦として沖縄暮らしについて一家言ある。 非常識なペンネームに対して割りと常識人。 命をかける釣りのことから、環境問題、安全保障問題について他の追随を許さない知識量を誇る。 しかしあまりにもマニアックすぎて周囲からは変態扱いされている。 進学校に進み、地元ヒエラルキーの頂点と言われる琉球大学に進学するものの、物足りなさを感じていた。 「ナイチャー」「ナイチャー」と言われ悩んだことも。 沖縄の中の欺瞞的な反基地論を徹底的に批判するが、それは地元沖縄への郷土愛があるからこそ。 見てはいけないものをよく見る。

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