ハーレクイン 型 魚鱗。 7倍の速度で皮膚が成長するーレクイン魚鱗癬の女性 世界で初めて母親になる

【超・閲覧注意】奇病「ハーレクイン型魚鱗癬」 ― 赤い目をしたトラ柄の肌

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ハーレクイン型魚鱗癬(Harlequin Ichthyosis)という珍しい病気を聞いた事があるだろうか? ハーレクイン型魚鱗癬は、皮膚の細胞間へ脂肪を運ぶ「ABCA12」遺伝子の突然変異が原因で起こる。 両親が発病していなくても、双方がその遺伝子を保持している事によってこの病気の子どもは生まれるという。 確率としては50万人に1人の割合。 米国では毎年7人の ハーレクイン型魚鱗癬の新生児が生まれている。 また新生児の皮膚はまるで鱗のように重なりあい、ひし形にひび割れて出血し、顔はまるで仮面をかぶっているようだ。 そこから、「ハーレクイン(道化師)」という名称が付けられたと言う。 過去には「Tiger Stripped Baby(トラ縞の胎児)」、「Devil Baby(悪魔の子)」、または「Alien baby(エイリアン・ベビー)」と呼ばれた事もあるらしい。 皮膚を形成するタンパク質が不足するため、皮膚は普通の人の10倍の速度で剥げ落ちていく。 さらに、人間の皮膚は感染症からの保護に重要な役目を果たしているため、過去この病気の新生児の多くは生後数日で感染症にかかり、呼吸困難で亡くなっている。 また、汗をかく機能がを失い、熱中症になりやすく、頭皮も剥げ落ちていく特徴がある。 この病気の治療法はまだ発見されておらず、皮膚の感染を防いだり体温に気を配る等の対症療法しかない。 最近の研究では、難治性のニキビの治療薬である経口レチノイド「Isotretinoin(イソトレチノイン)」をハーレクイン型魚鱗癬の赤ちゃんに与える事により、固い皮膚が早く剥がれることが分かっている。 現在、最も長く生存している患者は英国のネリー・シャヒーンさんで今年31歳だが、今回は、ハンターさんとブレナンちゃんをご紹介したい。 彼女はこの外見のため、学校でイジメを受けた経験を持つ。 「男の子たちは、ペンをわざと私に拾わせたわ。 私がペンを返すと持ち主は汚いものでも見る様にして、そのペンを受け取らないの」と話す。 しかし、母親のパティさんはハンターさんにただ同情するだけではなく、「人々に知識を広めるのは、あなたの責任よ」と力づけたと言う。 そこで、ハンターさんは毎学期、初日に「ハーイ、私の名前はハンターよ。 私の病気は他人に感染しません。 心配しないで」と言って各教室を回ったと言う。 今、ハンターさんは大学生になり、またこのハーレクイン型魚鱗癬に対する正しい知識を人々に広めるアンバサダー(大使)の仕事も引き受けている。 そのため、コートニーさんはこの赤ちゃんは何かがおかしいと感じていたという。 ブレナンちゃんの皮膚は猛スピードで成長し、皮膚には油分が無い。 そのため、毎日45分かけてお風呂に入れ、皮膚に潤いを与える必要がある。 また、感染症を起こしやすいので、家族全員が常に手洗いと消毒を心掛けなければならない。 ブレンナちゃんはまた、皮膚の異常な成長速度のために同じ大きさの子供よりもカロリーが必要で、栄養強化ミルクを飲まなくてはならない。 この病と闘っているハンターさんがビデオの中で、実に明るく病気について語っているのが印象に残った。 ハンターさんは、「今でも私を見て怖がったり、笑う人はいます。 私は自分の病気について書かれたカードを携帯していて、そういう人たちに手渡します」と言う。 そして、「どうか私を気の毒に思わないで下さい。 私は私の人生を楽しんでいます」とも語る。 その強さにはしみじみと敬服させられると同時に、ハンターさんや他の患者のためにも一刻も早く治療法が見つかる事を祈りたい。

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【海外発!Breaking News】漂白剤のお風呂に週に2回 道化師様魚鱗癬と闘う1歳児(米)

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道化師様魚鱗癬は特に深刻で、生後2週間以内に亡くなる例も多く、太陽の光を浴びるだけで皮膚にダメージがあるため、外出時は包帯を巻いたり、夏でも厚手の服装で完全に防備し、直射日光が当たらないようにしなければなりません。 私は伴性遺伝性魚鱗癬という先天性の魚鱗癬です。 伴性遺伝性魚鱗癬は約6000人に1人の割合と言われており、日本の人口が1億2000万人と考えると、 推計で約2万人同じ病名の方がいると考えられます。 伴性遺伝性魚鱗癬の特徴 私の病名である 伴性遺伝性魚鱗癬は、 別名をX連鎖性劣勢魚鱗癬や常染色体劣性魚鱗癬と呼ばれており、大きな特徴が2つあります。 人間の染色体の種類は女性ならXX、男性はXYです。 劣勢遺伝子X a による遺伝なので、優先遺伝子X A を持つ女性は発症しないのです。 隔世遺伝とは1世代をまたいで遺伝するという遺伝形態の事を指します。 具体的に言うと 私の遺伝は、 私のおじいさん 祖父 から受け継がれた遺伝です。 また、 私の子供は魚鱗癬になりませんが、私の孫 男児 には遺伝します。 こうして1世代またいだ遺伝で、いつまでも病気が受け継がれていってしまうのです。 魚鱗癬の主な症状と増悪する季節と画像 主な症状としては、 とにかく痒 かゆ いです。 ただ、年間通して痒いわけではなく、 季節の変わり目や冬など乾燥する季節です。 北海道出身の私は冬が長いため、痒みが続く時期が長かったです。 現在は東京在住なので、北海道に比べると皮膚にとっては良い環境だと思っています。 人によって増悪期が異なるようですが、思春期は痒みが強くなり、その後軽快していく人も多いようです。 私は20〜22歳頃が最も痒みが強く、その後は軽快した印象があります。 鱗のような見た目ですが、生まれた時からなので全く気にならなくなりました。 私は自分の肌を「キリンのような肌」と呼んでます 冬や乾燥する季節になると下の画像のような肌になります。 画像出典:旭川医科大学の 夏など乾燥しない季節は、こういった外見症状がないため、一般の人の皮膚状態と変わりありません。 道化師様魚鱗癬は特に重症例なので、伴性遺伝性魚鱗癬の皮膚症状とは大きく異なります 4. 魚鱗癬は頭皮にまで症状が出る ここで書く内容は、この記事で最も伝えたい事です 子どもの頃につらかったのは、痒みよりも落屑 らくせつ です。 落屑とは、皮膚が剥がれ落ちる状態の事です。 皮膚が乾燥している方や高齢者に多い症状です。 人によるのかもしれませんが、私の場合は落屑が頭皮にまでありました。 頭皮の皮が剥がれるため、常に髪の毛の中に白い粉状の物が交じる状態になっていました。 こうなると 「頭が汚い」「フケだ」「不潔」などのイメージがつきまといます。 友人などから直接言われた記憶はありませんが、不潔だと思っていた人はいると思います。 特に幼少期は、 いじめの原因に繋がる事もあるため、注意が必要です。 私はよく 家族から「頭が汚い」と言われていました。 中学生にもなって、頭の洗い方を家族から再指導されたりもしました。 乾燥や痒みから、無意識に頭を搔いてしまい、掻けば掻くほど落屑がひどくなり、またストレスから引っ掻いてしまう事の繰り返しでした。 小学生の時から、朝は頭を洗って いわゆる朝シャン から学校に行くようになり、25歳くらまで毎日朝のシャンプーを続けていました。 朝の貴重な時間が浪費されてしまうのはもちろん、 何よりも家族に理解されない事がつらかったです。 もし、魚鱗癬の子どもを持ったり、魚鱗癬の友人がいるのであれば、そういった症状がある事をよく理解してあげてください。 見た目の情報だけで、子どもや友人を判断しないであげてください。 こどもの時に感じる見た目のコンプレックスは、大人が思っている以上に大きな痛みになります。 頭皮の落屑に関しては、成人してからは落ち着いてきています。 ただ、今でもスーツなど黒や色の濃い服を着る時は、肩周りが白く粉吹き上状になってしまう事があります。 幸運な事に、私は看護師という白衣を着る仕事に就いたため、仕事中は全く気にならなく 目立たなく なりました。 痒みの対策として使っている薬 一般的には魚鱗癬に対してワセリンや刺激が少ない保湿剤、尿素系の保湿クリームなどが推奨されていますが、私の場合は刺激となり、逆に痒みの原因となる事が多かったです。 最終的に落ち着いたのは、 アルメタ軟膏とオキサロール軟膏の混合薬です。 アルメタ軟膏はステロイド薬です。 比較的刺激が少ないとはいえ、使いすぎると皮膚が悪化してしまうため注意が必要です。 ジェネリック医薬品 後発薬 ではアルメタ軟膏が ビトラ軟膏、オキサロール軟膏が マキサカルシトール軟膏となっています。 痒み対策として、 抗アレルギー薬も内服している時期がありましたが、イマイチ効果を実感できなかったというのが率直な感想です。 今はもう内服していません。 私が内服していた主な抗アレルギー薬.

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漂白剤のお風呂に週に2回 道化師様魚鱗癬と闘う1歳児(米) (2018年6月23日)

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祝福すべき赤ん坊の誕生。 その待ち焦がれた瞬間を前に、 ライアン君の母親、マリエ・ゴンザレスさんが望んだものは、他の親たちと同じただひとつの願い - 健康な子供であること、ただそれだけだった。 「何も高望みはしなかったわ。 鼻が小さい子がいいな、なんて思ったりもしたけどね。 」ゴンザレスさんは出産前を回想して語る。 しかし彼女の望みは叶わなかった。 初めて自分が産んだ子を目にした時、彼女は驚きとショックを隠すことが出来なかったという。 「初めてライアンを見た時、ただただ涙しか出なかったわ。 本当に悪夢に思えたの・・・。 」彼女の息子、ライアン君は非常に稀な先天的障害であるハーレークイン魚鱗癬という病気を持って誕生した。 この皮膚障害は患者の皮膚を通常の7倍から10倍の速度で角化させると言われており、生まれたライアン君の皮膚はまるで鎧につつまれたように硬い鱗に覆われていたのである(写真は出生時のライアン君)。 「彼の体は大きくて、ぶ厚い、ひび割れた鱗のようなものに包まれていたの。 それから、全身を包む鱗の割れ目から髪の毛が少しだけ見えたわ・・・。 」ゴンザレスさんは語る。 「ライアン君を見たとき、一目で彼がどんな症状であるかを理解しました。 そしてその疾病がほとんどの場合において致死性のものであることも認めなければなりませんでした。 」出生間もなくライアンを診察した新生児専門医師のブライアン・ソンダース氏は語る。 その後ブライアン医師は、まだ誕生後間もないライアン君の治療にすぐさま取り掛かった。 「顔を埋め尽くす鱗のせいで、彼はまるで魚のように口を開けていましたね。 」そうブライアン医師が語る通り、ライアン君は硬い鱗のせいで呼吸困難に陥っていた。 医師や看護婦らがライアン君の気道を何とか確保し、延命処置を行う最中、ソンダース医師は世界で報告されている同様の症例をくまなくチェックし、ライアン君を救う道を探った。 「そして英国で、同様の症状を持ちながら延命した2歳の男の子のケースを発見したんです。 その少年はヴィタミンA誘導剤を用いることで治療に成功したということでした。 」 しかしソンダース医師は、アキュテイン(治療薬)をこれまで幼児に対して用いたことがなかった為、投薬を躊躇せざるを得なかったという。 しかし医師の躊躇をよそに、ライアンの母親はとにかく出来るだけの事をして欲しいと、ソンダース医師に即座の薬剤投与を求めたのである。 「とにかく、出来ることを何でもいいからしてください、ってお願いしたわ。 」ゴンザレスさんは語る。 そして投与された薬剤は見事に効果を示し、ライアンの皮膚を覆った鱗は徐々に細かく、薄くなり、また新たな皮膚が角化するのを防ぐことに成功したのである。 しかし、それはそれから始まるライアンの長い戦いの、ほんの序章に過ぎなかったのかもしれない。 「ドアを開けるとき、私はいつだって気を引き締めるんです。 その向こうにいる人が自分を見てどんな反応をするか、分かっていますからね。 」そう語るライアンは現在、18歳である。 現在でも彼の皮膚は通常の数倍の速度で角化していくため、彼は毎日7500カロリーを消費しなければならず、皮膚の手入れはもはや彼の避けられない日課となっている。 例えば眠る前にも彼はチューブを通してたんぱく質を摂取しなければならないという 写真は現在のライアン君。 「私が知る限り、この疾病を持って生まれて、この年齢まで生きているのは、本当にライアンただ一人ですね。 ましてライアンがトライアスロン選手であることなど、一体誰に想像が付くでしょうか。 」そう語るのは現在ライアンの皮膚治療を行うスーザン・ビオコ医師である。 現在ライアンは二度目のトライアスロン挑戦に向けて、トレーニングを行っている最中である。 彼は週に三度はプールで、そして土曜日には海で水泳を行っている。 そして練習の後は決まって - 日に7回はそうするように - 大量のローションを皮膚に刷り込むという。 またそんな時、彼の皮膚には余りにも酷な海水の痛みを耐えてなお、彼は、笑顔さえ浮かべるのである。 彼の荒れた皮膚を海水がいかに突き刺そうとも、彼の強いストローク、そしてその強い意志は決して負けることはない。 【参考1】 【参考2】 ハーレークィン型魚鱗癬(Harlequin type ichthyosis)は、先天的皮膚疾病の中でも最も過酷な症状を示すものの一つで、ケラチン層の角化を以って特徴付けられる。 この疾病を持って生まれた幼児は、通常の皮膚ではなく、ダイアモンド型の大きな鱗に体を包まれているような姿である。 また鱗のせいで顔の口、耳、目などは異常収縮し、更には幼児の体の動きそれ自体も阻害される。 また、鱗は通常の皮膚の働きをせず、しばしばその割れ目からバクテリアなどによる致死性の感染を引き起こす場合もある。 ハーレークィンという呼称は、この疾病の引き起こす激しい角化増殖による幼児の表情、そして体を覆うダイアモンド型の鱗に由来する。 17世紀、貴族に抱えられた道化=ハーレークィンはダイアモンドのパターンが描かれた衣装に身を包み、また顔に独特のペイントを施していたが、これらの特徴がこの疾病の角化によって起こる幼児の表情、そしてダイアモンド型の鱗に似ていることが理由である。 また現在、この先天的障害を引き起こす根本的な原因は明らかにされていないが、医療の発達により、幼児は数年から10年にかけて生き延びることが可能になる、と言われている。 【参考3】 74. 当人はそれこそ死ぬほどに病気について考えている。 街中で自分のような人物をみかけたらギョッとするだろうし、気持ちが悪いという印象を抱く人間がほとんどだということもわかってる。 そして他人は人前では自分のことを必要以上に、違和感が残るほどに「応援する」だの「尊敬する」だの言ってくるものだということもわかってる。 障害をもった人のほとんどがすべてわかってる。 一人が、「気持ち悪い」というのも我慢できる。 一人が、「頑張れ」というのも受け流せる。 けれど、一人に「気持ち悪い」といわれ、そして続けざまもう一人がそいつをクズ扱いしたあと、さも自分が善人であるかのように俺だったらどーの、すごいと思うだの、応援してるだの言われることが一番つらい。 まぁ、私も小児麻痺程度でつらい云々を語るのはどうかとも思うのですがね。

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