ホアキン ジョーカー。 (2ページ目)映画『ジョーカー』までの30年 ホアキン・フェニックスと歴代ジョーカー3人の“決定的な違い”

ジョーカー (映画)

ホアキン ジョーカー

解説 「バットマン」の悪役として広く知られるジョーカーの誕生秘話を、ホアキン・フェニックス主演&トッド・フィリップス監督で映画化。 道化師のメイクを施し、恐るべき狂気で人々を恐怖に陥れる悪のカリスマが、いかにして誕生したのか。 原作のDCコミックスにはない映画オリジナルのストーリーで描く。 第79回ベネチア国際映画祭で、DCコミックスの映画作品としては史上初めて最高賞の金獅子賞を受賞して大きな注目を集め、第92回アカデミー賞でも作品賞ほか11部門でノミネートされ、主演男優賞と作曲賞を受賞した。 「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸に、大都会で大道芸人として生きるアーサー。 しかし、コメディアンとして世界に笑顔を届けようとしていたはずのひとりの男は、やがて狂気あふれる悪へと変貌していく。 これまでジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレット・レトが演じてきたジョーカーを、「ザ・マスター」のホアキン・フェニックスが新たに演じ、名優ロバート・デ・ニーロが共演。 「ハングオーバー!」シリーズなどコメディ作品で手腕を発揮してきたトッド・フィリップスがメガホンをとった。 作り手が解釈に委ねて明かす気はないと名言しているというだけでなく、それでは答え合わせに過ぎないから。 ただ、はっきりと言えるのは、本作のジョーカーは「ジョーカーを名乗っている」というだけで、別にジョーカーではない、ということ。 終盤の展開が本当なのか妄想なのかはともかく、ジョーカーを名乗った空虚な男に、大衆が自分たちの不満や怒りを託そうとする。 その社会性がこの映画の肝であり、このひしゃげたご時世に爆発的に受け入れられた理由なんじゃなかろうか。 映画的には撮影、演技ともにみごとだが、気にかかるのはあからさまに『キング・オブ・コメディ』『タクシー・ドライバー』とハッキリ名指しできるスコセッシ映画をモチーフにしていること。 アメコミ映画に新しいアングルからアプローチすることで、従来のジャンル映画の壁を破ろうという試みが、限りなく先達の作ったもの(スコセッシ映画)に近づいていく、といのはやはり懐古趣味ではないか。 スコセッシ御大が今でも常に攻めているからこそ、目指す天井が見えてしまっている感じが気になった。 ジョーカーという男はこんなにもわかりやすかったのか、と驚いた。 バットマンシリーズはそれぞれ独立した世界なので、今回のジョーカーはこういう解釈なのだと言われてしまえばそれまでだが、本作はノーランの『ダークナイト』に近いリアル路線の世界観だったので、ノーラン版の印象をそのまま引きずって観ていたので驚いたのだ。 本作のジョーカーの世間を憎む動機はとてもわかりやすい。 ノーラン版では、そのようなわかりやすい動機は示されなかった。 ノーラン版は、なんというか、「混沌」そのものを愛してるような印象だった。 口が裂けている理由がいつも違うのも、動機なんざどうでもいい、俺は混沌自体が好きなんだという風に見て取れた。 その底知れなさに魅力だった。 今回のジョーカーは、ある意味底が知れている。 共感可能な理由も描かれる。 実際共感を覚える人もたくさんいるようだ。 しかし、ちょっと待てと思う。 その共感できるストーリーそのものが嘘かもしれない。 本作が上手いのはここだ。 映画全体を嘘かもしれないと提示することで、観客を混沌に落とし込む。 この映画のそんな振る舞い方そのものがジョーカーっぽい。 レトロな色調で映し出されるゴッサムシティの根底で生きる大道芸人、アーサーの、まるで人の不幸をまとめて請け負ったような日常に、まず惹きつけられる。 誰しも、彼ほどではないにしろ、嫌なことが連続して起きることはあるし、そんな時、悲しむよりむしろ笑ってしまうことだってある。 ついてない現実から逃避するため、愉快な妄想の中で思いっきり自分を解放してみたくもなる。 かつて、コミックス上のヴィランにこれほどシンパシーを感じたことがあっただろうか? そうして、これまで誰も描かなかった「なぜ」に踏み込んだ本作は、絶望の果てにある妙にあっけらかんとした心の荒野を大都会のど真ん中に設定して、人の世の悲喜劇を新たな形で提示する。 今年一番の強烈な映画体験。 そろそろ始まるアワードシーズンを間違いなく牽引する1作だ。 映画を見ながらこんなに身震いしたのは初めてだ。 これはDCコミックの超有名ヴィランの誕生秘話の域を超えて、現代社会の喉元にナイフを食い込ませるかのような狂気と絶望に満ちた作品だ。 ホアキン・フェニックスのあの肉体からしてどうだ。 幾度も映し出される半裸の姿は、痩せているのになぜか肩のあたりが異様に隆起し、たったそれだけで彼の精神面での変動が透けて見えてくるかのよう。 同じ半裸の男と拳銃の文脈でいうとスコセッシの「タクシードライバー」が脳裏に浮かぶが、もう一つ忘れてはいけないのがその対をなす「キング・オブ・コメディ」の存在だろう。 ぶっ飛んだコメディを手がけてきたトッド・フィリップス監督がこれほどスコセッシとデ・ニーロを引き合いに「ジョーカー」を奏でるとは。 やはり我々の暮らす今日の現代社会は混沌としたあの頃へ逆戻りしているのか。 日常を侵食するこの感覚が僕らを狂わせる。 誰しもの心の中にジョーカーはいる。 C 2019 Warner Bros. Ent. 「デスカムトゥルー」 C IZANAGIGAMES, Inc. All rights reserved. 「ソニック・ザ・ムービー」 C 2020 PARAMOUNT PICTURES AND SEGA OF AMERICA, INC. ALL RIGHTS RESERVED. 「エジソンズ・ゲーム」 C 2018 Lantern Entertainment LLC. All Rights Reserved. 」 C 2019 Sony Pictures Television Inc. and CBS Studios Inc. All Rights Reserved. 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

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ホアキン・フェニックスのジョーカーが、驚くほど高価なフィギュアとして永遠の命を与えられることに

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「僕らの期待を完全に超えるものだった」。 先日行われた世界三大映画祭のひとつ、第78回ヴェネチア国際映画祭でアメコミ映画として史上初めて最高賞に当たる金獅子賞を受賞した『ジョーカー』 公開中。 本作で巨大な悪のカリスマへと変貌していく孤独な男、アーサーを演じたホアキン・フェニックスはその受賞結果に驚きを隠しきれない様子で語る。 「トッド ・フィリップス監督 と僕はいつもジョークで言っていたんだ。 自分たちのキャリアを終えるような映画は作りたくないとね。 でも僕らは本当に、この映画がこのような形で受け取られるという期待はしていなかった。 だから、こうして高い評価を得たことはこの映画にとってとても重要な意味を持っていると思う。 ただただ驚きで、明らかに興奮した瞬間だったよ」。 ホアキン・フェニックスが『ジョーカー』撮影の裏側を告白! [c]2019 Warner Bros. Ent. 孤独だが心優しい男、アーサーは母からの「どんな時も笑顔で人々を楽しませなさい」という言葉を胸に、ピエロメイクの大道芸人をして暮らしていた。 しかし都会の片隅で必死に生きる彼の暮らしはうまくいかず、やり場のない気持ちに押しつぶされそうに。 脚本を最初に読んだ時、どのようなことを感じましたか? 「あまりにも多くの感情が入り混じっていて、正直なところ僕にはわからなかったんだ。 アーサーや彼の経験にとても同情する瞬間は確かにあった。 そして僕は、それとは反対に完全に違う反応もしたんだ。 その良い例は、地下鉄でのシークエンスにある。 アーサーはそこに座って女性が3人の酔っ払いの男たちに嫌がらせを受けているのを目撃する。 けれども彼はそこに介入しようとはしない。 その男たちに魅了されてずっと眺め続けている。 それは心理的にアーサーという人物を掘り下げる上でとても興味深いことだと思うんだ。 なぜなら彼は、その男たちを子どものような純粋な眼差しで眺めているからだ。 彼は男がどうやって女性と話せばいいのか理解してなかったから、女性に声を掛けるためにはああやってやるんだと考えてしまう。 その子どものような心理に、僕はとても心を痛めたし、悲しくもあった。 でもそれと同時に、彼が本能的に誰かほかの人のために介入することを知らず、そういった能力もなかったことにとてもがっかりしたんだ。 彼はいじめを受けて、その苦しみを理解していたはずなのにね。 そして彼は攻撃される。 子どものような精神状態を持つ人が攻撃されることに、僕は同情したよ。 それに対して彼が自己防衛で反応するということは理解ができた。 一人の捕食者となって、彼は相手を追いかける。 だからもし自分が攻撃されていると感じたら、きっと僕も同じことをしていたかもしれないと想像した。 自分自身を守るような反応をね。 でもその後の彼の様々な反応や行動には、共感することができたと同時に嫌悪感も覚えたんだ。 たった2分半のシーンだったけど、僕に多くの感情をもたらしてくれた。 アーサーの心理と、毎日彼がどういうことを経験しているかということをとてもよく描写していると驚かされたよ」 「バットマン」の悪役として知られるジョーカーの誕生の秘密を描いた本作 [c]2019 Warner Bros. Ent. 少し奇妙で、どこか物哀しくもある。 どのようにあのシーンに取り組んだのか教えてください。 「まず言えることは、それぞれのシーンは感情的な真実に立脚していないといけない。 アーサー自身が感じていることに対する僕の反応ということだ。 でも僕とトッドはこれらのシーンすべてを予期してはいなかった。 僕らがダンスを準備したのはたった2つのシーンだけで、ほかのダンスシーンは可能性や言わんとしていることはなにかと探った後で出てきたものなんだ。 僕が特に際立ったこととして話しておきたいのは地下鉄の後のトイレのシーンだよ。 もともとあのシーンは単なる情報のためのもので、銃を隠すというだけのシーンだった。 でもその時点で彼に心理的に起きていることを掘り下げる絶好の機会のようにも思えたんだ。 とても長い間彼が抑えてきた、ずっと戦い続けてきた彼のなかにあるジョーカーの部分がついに解き放たれた瞬間なんだ。 彼はひとりでトイレにいる。 だから言葉のないコミュニケーションで、こういう変化が起きていることを描かないといけなかった。 でも僕は、それがなにかハッキリとはわからなかった。 だからトッドに向かって『奇妙に思えることはわかっているよ、でもそれはダンスのように感じられるんだ。 ハッピーなダンスじゃない。 怒りに満ちあふれたダンスでもなく取り憑かれるみたいじゃないといけないんだ。 それがなにかはわからないし、どの歌をかけるべきかもわからない』と言うと、彼は音楽の一部をかけてくれた。 それは嘆きのチェロ曲のようだった。 僕は『おお、それだ!』と言った。 するとトッドは『オッケー。 僕はあなたの足から撮り始め、カメラを徐々にあげていく。 手持ちで撮影するから、その空間で自由に動き回っていいよ』と言ってくれた。 僕らがそのシーンについて話し合ったのはそれだけだ。 それと警官たちが地下鉄のなかで取り押さえようとする時、アーサーは彼らを嘲笑っている。 地下鉄のプラットホームでのダンスのいくつかは、誰かを嘲るという意味のダンスなんだ。 そして最後の階段でのダンスは、完全に形になったジョーカーの高揚感を表している。 彼は自分がクールで優雅だと感じているんだ。 でも観客は2つの違う視点からそれを観ることになる。 1秒間24フレームの画面のなかで観ると、それはリアリティだ。 彼はぎこちなく居心地が悪く、ダンスの動きはそれほどクールじゃない。 そして今度は1秒間48フレームにスイッチすると、彼はスローモーションになり、優雅でクールに見えるようになるんだ。 それに彼はタバコを吸って、すっかりうぬぼれている。 僕はトッドがあのシーンで、ふたつの異なる視点を見せることができたことはとても興味深いことだと思ったんだ。 ジョーカーが何者かというリアリティと、彼が自分のことをどう思っているかという2つのことが、カメラのテクニックによってひしめき合っているんだ」.

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【インタビュー】『ジョーカー』ホアキン・フェニックスを駆り立てた“怒り”とは?

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ほとんどのシーンでは即興で踊っていた 一方で、ダンス経験者でもあるホアキン・フェニックス。 映画『ジョーカー』の多くのダンスシーンは即興で踊っていたという。 トッド・フィリップス監督はカメラマン以外はトイレを出るよう指示し、このシーンはたった3人で撮影されたのだという。 このシーンで流れる音楽がどのように生まれたのかについては、以下の記事からご確認いただきたい。 バックグラウンドにはブレイクダンス もちろんこのシーンの踊りもホアキン・フェニックスの即興だったのだが、彼のダンスのバックグラウンドにはブレイクダンスの経験がある。 有名司会者ジミー・キンメルのコメディショー『ジミー・キンメル・ライブ! 』に出演したホアキン・フェニックスは、ダンス経験を聞かれ、「まぁね」とはぐらかしつつも、 「得意分野は、多分ブレイクダンスだと思います」と話している。 ストリート仕込みのダンススキル 俳優一家に育ったホアキン・フェニックスは、幼少の頃から歌とダンスに慣れ親しんでいた。 だが、大家族だった一家は裕福な方ではなく、後に俳優として活躍するリバー・フェニックスやレイン・フェニックスら兄弟姉妹と街頭でパフォーマンスを行い、日銭を稼いでいた。 この時、ホアキン・フェニックスはブレイクダンスを熱心に練習し、ストリート仕込みのダンススキルを身に付けたのだ。 now playing everywhere. Get tickets: — Joker Movie jokermovie ブレイクダンスは自己表現 一方で、『ジミー・キンメル・ライブ! 』では、ブレイクダンスに取り組むことは「自分のため」だったと話している。 気が乗らないことや周囲の声から自分を守るために一人で踊り、自己表現することもあったのだとか。 同番組ではジミー・キンメルがこの話を茶化し、観客が笑い声をあげる場面も。 ホアキン・フェニックスは 「あなたは笑うかもしれませんが、私にとっては大事な時間でした」とつぶやいている。

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