聖書 イナゴ。 世界の終わり(終末)が近い?ヨハネの黙示録が現実になる

なぜイナゴは食用なのに、バッタは食用でないのか?

聖書 イナゴ

【聖書箇所】 ヨエル書 1章1~20節 ベレーシート• 「ヨエル書は、表現と主題の両面において人目を引くものがある。 真に迫った描写で、ヨエルと肩を並べることのできる者はほとんどいない。 災害に襲われた国土、いなごの大軍の来襲、裁きの谷にすべての国民が集められる終末の時についての描写は、筆力満点の傑作である。 」 「旧新約聖書全解」434頁 とする J・シンドロー・バクスターの評価を、ヘブル語を通してどれだけ真実なものであるかを実際に味わってみたいと思います。 ヨエル書の鍵語は「 いなご」と「 主の日」です。 この二つの鍵語がどう結び付くのか、そしてヨエルはそこにどんな希望を見出したのか。 そこに焦点を当ててみたいと思います。 前代未聞のいなごの来襲による大災害の警告• ヨエル書においては「いなご」のイメージは強烈です。 いなごによる災害が未曾有のものであることが以下のような表現で強調されています。 またその増殖力が特徴。 専門的には、翅 はね のある直翅類。 聖書の中では最も多く登場する語彙です。 24回。 第四回目の脱皮後、ただちに飛び立ち、太陽を覆うほどになります。 多くのバッタの総称とも言われます。 「それらのうち、あなたがたが食べてもよいものは次のとおりである。 」とあるように、三番目に記されている「こおろぎ」の類いです。 22節にある四つの種はみな、「翅足を持ち、それで地上を飛び跳ねる種」です。 これらはみな食べることが許されています。 新共同訳では「羽がないいなご」と訳されています。 レビ記11章22節にのみ登場します。 このバッタの幼虫 青虫、毛虫、いも虫 がイチジクやオリーブなどの果樹の葉を食べて被害を与えます。 ナホム書3章17, 17節の「ゴーヴ」は大形のバッタの幼虫期、ないしは若虫期のものと言われます。 幼虫期や若虫期のバッタは成虫以上に食欲が盛んで、大きな被害を与えるとされています。 この「ゴーヴ」のイメージが、ナホム書では神の「衛兵」の比喩として用いられています。 草を食い切り、なめ尽くす、バッタの幼虫です。 ヨエル書1章4節に「いなご アルベ が残した物は、ばった イェレク が食い」とありますが、翅のあるアルベが飛び去ったあとに、その幼虫が現われて残りを食い尽くすことは、実際にあり得る話です。 原語は「なめるもの」「たたむもの」の意味で、おそらく、小さな翅をたたんでいる状態の、若い発育中のばったさすのであろうと説明しています。 この「ハースィール」は、ある種のバッタ、その幼虫であるとされています。 いずれにしても、訳語の「食い荒らすいなご」から連想されるのは、大喰らいのいなごの幼虫ということになります。 このように、一口に「いなご」と言っても、多くの種類があることが分かります。 ヨエル書1章4節に登場する四種の「いなご」とは、順に以下の通りです。 ヨエル書の「いなご」は、私たちの想像を絶するようないなごの大軍です。 砂漠と草原地帯の乾燥した平原で、一定の熱さと湿気があり、ある条件を満たすと、突然爆発的にその数を増し群れとなって周囲に広がって行きます。 そして雲のように他の地域に移動しはじめるのです。 何千万、何億といういなごが雲のように来襲することで大災害をもたらすその経験がベースとなって、神の警告的な預言がなされているのです。 主の日は近い、その日が来る。 その警告的な預言とは、1章6節にあるように、「一つの国民がわたしの国に攻め上った。 力強く、数えきれない国民だ。 その歯は雄獅子の歯、それには雄獅子のきばがある。 」とあるというものです。 「一つの国民」と「力強く、数えきれない国民」は同義です。 つまり、外国 異邦人 の侵略者たちによる破滅的な神のさばきがもたらされるという警告です。 15節ではそのさばきは「その日」「主の日」と呼ばれます。 このことを後の世代に伝えよと命じられているのです。 【新改訳改訂第3版】ヨエル書1章3節 これをあなたがたの子どもたちに伝え、子どもたちはその子どもたちに、その子どもたちは後の世代に伝えよ。 4節と同様の修辞法です。 この修辞法の名称は分かりませんが、とても重要な事柄を忘れることなく、次の世代、その次の世代にも周知徹底させようとする呼びかけです。 伝えるべき「これ」とは、いなごの大軍の来襲に例えられる「力強く、数えきれない国民」 1:6 の来襲です。 それは、アッシリヤ、バビロン、ペルシャ、ギリシャ、ローマ、そして最後は反キリストによる勢力が考えられます。 神のご計画においては、歴史の中で登場する強国はすべて、終わりの時に来襲する反キリストの型なのです。 それゆえ、ヨエルの警告は現代にとってもこれから成就する預言なのです。 それゆえヨエルは、未曾有の出来事が襲う「主の日」に備えて幾つかの命令をしています。 その命令は以下のようにパラレリズムの修辞法によって表わされています。 1 2節 長老たちよ。 これを聞け。 この地に住む者もみな、耳を貸せ。 2 5節 酔っぱらいよ。 目をさまして、泣け。 すべてぶどう酒を飲む者よ。 泣きわめけ。 甘いぶどう酒があなたがたの口から断たれた 預言的完了形 からだ。 いなごの大軍に象徴される恐ろしい侵略と荒廃を予想させます。 3 14節 断食の布告をし、きよめの集会のふれを出せ。 長老たちとこの国に住むすべての者を、あなたがたの神、【主】の宮に集め、【主】に向かって叫べ。 訳語は同じでも、原語は指示代名詞付きの単数、複数と、異なっています。 「主の日」こそ、ヨエル書の主題であり、それは未曾有の神のさばきと、その後に来る終末の回復の希望が同時に現われる日なのです。 【新改訳改訂第3版】出エジプト記10章12~19節 12 【主】はモーセに仰せられた。 「あなたの手をエジプトの地の上に差し伸ばせ。 いなごの大群がエジプトの地を襲い、その国のあらゆる草木、雹の残したすべてのものを食い尽くすようにせよ。 」 13 モーセはエジプトの地の上に杖を差し伸ばした。 【主】は終日終夜その地の上に東風を吹かせた。 朝になると東風が いなごの大群を運んで来た。 14 いなごの大群はエジプト全土を襲い、エジプト全域にとどまった。 実におびただしく、こんな いなごの大群は、前にもなかったし、このあとにもないであろう。 15 それらは全地の面をおおったので、地は暗くなった。 それらは、地の草木も、雹を免れた木の実も、ことごとく食い尽くした。 エジプト全土にわたって、緑色は木にも野の草にも少しも残らなかった。 16 パロは急いでモーセとアロンを呼び出して言った。 「私は、おまえたちの神、【主】とおまえたちに対して罪を犯した。 17 どうか今、もう一度だけ、私の罪を赦してくれ。 おまえたちの神、【主】に願って、主が私から、ただこの死を取り除くようにしてくれ。 」18 彼はパロのところから出て、【主】に祈った。 19 すると、【主】はきわめて強い西の風に変えられた。 風はいなごを吹き上げ、葦の海に追いやった。 エジプト全域に、一匹のいなごも残らなかった。

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聖書と新型コロナウイルス

聖書 イナゴ

イナゴは稲の葉を食べるので「害虫」として認識されています。 これは古来日本人の主食としての稲という存在があるからです。 イナゴは大量発生もしやすく、ひとたび大量発生すると稲が全滅する危機もあるのです。 主食である稲を守ると同時に「動物性たんぱく源」として有効利用できるのです。 佃煮だけでは無く串に刺して焼いたり、大鍋で煮ると言った調理法も有ります(有ったのです)。 害虫駆除とたんぱく源獲得の両者が合致したのでしょう。 イナゴは発生頻度も高いので大量に捕獲できたのだと思います。 稲を食べるバッタも居ますが「イナゴ」ほどでは無かったのでしょう。 色々な条件が重なって「イナゴ食」となったのでしょう。 もしかすると昔の人達はトノサマバッタやキリギリスも食べたかも知れません。 ただしイナゴより美味しく無い上に稲に対しての恐怖も少なかったので『食べなくなった』のかも知れませんね・・・ ちなみにイナゴに限らず内陸部や山間部では「たんぱく源」としての昆虫食は有ったようですね。 蜂の子やザザ虫などはその名残りとも言えます。 やってみたところ バッタはハラワタがまずいです。 イナゴは糞抜きすると気になりません。 どっちも食えるでしょうがバッタは勘弁という感じかな 頭が固いし ムカデとか座座虫 カイコのさなぎは美味です。 栗虫は生で食べると甘くてピーナッツの味 山に行くと、折れた木の皮剥いでもりもり食べます。 スズメバチと蜘蛛は海老の味 一度食べたら気にもなりません。 カブトムシと鍬形は泥臭くてまずく 幼虫も臭くておいしくありません。 甲虫類は基本よろいの中は柔らかいのですが うまいものはありません。 大蟻などは蟻酸ですっぱいです。 揚げるとすぐ焦げるので苦いです。 オーストラリアの蜜蟻は 甘くておいしいのですけどね。 蝶や蛾は食べるところがありません。 Q 当方、生肉が大の好物でして、生肉を食べるときが至福の瞬間です。 飲食店などのユッケはもちろん、スーパーのお肉や焼肉食べ放題店の肉も生で食す事があります。 このような性癖に目覚めたのは5年ほど前なのですが、生まれてこの方生肉によってお腹を壊したことがありません。 食す頻度は週に3,4回です。 食す肉は鶏、豚、牛、ホルモン、などなど種類は豊富です。 鶏のササミが一番頻度が高いです。 しかし、鶏レバーなどはさすがに表面だけ軽く焼きます。 自分では「腹の菌が強いのかな」と考えているのですが、体質ゆえに生肉が平気などということは人間にはありえるのでしょうか? はたまた、この5年間、運が良すぎてことごとく菌を回避していたとでもいうのでしょうか? ご回答、よろしくお願いいたします。 A ベストアンサー こんにちは。 じつは、私もここ最近、鶏肉なんかを生のままで食べることがあります。 でも、変な食中毒という感じはなかったです。 美味しいと思って、好んで食してあるようなので、とくにそれをやめる必要は ないと思います。 (…って、私も人のことは言えませんが。 若年齢、高年齢、抵抗力の弱い者については食べないように…」と、ありました。 まぁ、お互い、ニュースに出ることがないように、気をつけて食しましょうね。 (これは、胃の中に寄生します。 ) なので、避けた方がいいですよ。 これは、インフルエンザウィルスに汚染されていることがあるので、 特にご注意を…。 余談ですが、ワサビや酢には、殺菌、消毒効果があるといいますので、生肉を食べるときは 新鮮な肉で、ワサビや酢を用いて食べることをお勧めします。 (~ちなみに、 わたしはかなりのワサビ好きです 笑) まぁ、しつこいと思われるかもしれませんが、お互い、自己管理のもとで、なるべく ニュース沙汰にならないようにしましょうね…。 あ、ひとつ教えてください。 ホルモンを生で食べるときは、どんな風にして食べるんですか…? こんにちは。 じつは、私もここ最近、鶏肉なんかを生のままで食べることがあります。 でも、変な食中毒という感じはなかったです。 あなたの場合は、5年間、大きなトラブルに遭わなかったとのこと... A ベストアンサー 理科で昆虫と蜘蛛の違いって習いましたよね? 身体が3つと2つの違いだとか、足が6本と8本だとか。 虫って言葉自体は、微細でわらわら蠢いて病気をもたらす概念で、 生物じゃないお化けのようなものも含みます。 水とか虫歯とか癇の虫とか虫の知らせとか。 盲腸である虫垂なんかは、腸に棲む虫が悪い事をして盲腸になると考えられていました。 昆虫の定義に当てはまらないエビは、昆虫ではありません。 ですが、エビの近縁であるスシネタのシャコは、フナムシの仲間であり、フナムシとダンゴムシは、やっぱり近縁種。 深海に棲むダイオウグソクムシは、世界最大のダンゴムシとして紹介されることがあります。 その大きさ50センチ。 かなり恐いです。 エビは昆虫ではありませんが、虫という全体カテゴリーには含んでも構わないと思います。 ただ、虫を食べる習慣が日本人にあまりないので、 エビを抵抗なく美味しく食用するために、あえて虫ではない。 とカテゴリーしている部分があります。 ウサギを一羽二羽と数えるのは、ウサギを鳥とみなして、獣ではないと言い訳するためであり、 殺生を禁じられた坊主が肉を食べるための方便です。 理科で昆虫と蜘蛛の違いって習いましたよね? 身体が3つと2つの違いだとか、足が6本と8本だとか。 虫って言葉自体は、微細でわらわら蠢いて病気をもたらす概念で、 生物じゃないお化けのようなものも含みます。 水とか虫歯とか癇の虫とか虫の知らせとか。 盲腸である虫垂なんかは、腸に棲む虫が悪い事をして盲腸になると考えられていました。 昆虫の定義に当てはまらないエビは、昆虫ではありません。 ですが... A ベストアンサー 「以」がつけば、以上でも以降でもその時も含みます。 しかし!間違えている人もいるので、きちんと確認したほうがいいです。 これって小学校の時に習い以後の教育で多々使われているんすが、小学校以後の勉強をちゃんとしていない人がそのまま勘違いしている場合があります。 あ、今の「以後」も当然小学校の時のことも含まれています。 私もにた様な経験があります。 美容師さんに「木曜以降でしたらいつでも」といわれたので、じゃあ木曜に。 といったら「だから、木曜以降って! 聞いてました? 木曜は駄目なんですよぉ 怒。 と言われたことがあります。 しつこく言いますが、念のため、確認したほうがいいですよ。 「以上以下」と「以外」の説明について他の方が質問していたので、ご覧ください。 goo. php3? 末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。 これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。 母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。 肝臓にも転移しており既に手遅れでした。 今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが 4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。 あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。 肺へも転移し、咳がひどいです。 今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。 急に食欲もなくなりました。 一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。 母はこれからどうなっていくのでしょうか。 苦しみが増しますか? 意識は最後まであるものですか? 自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか? この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。 文章がうまくまとまっていなくてすみません。 少しでも心の準備ができればと思います。 宜しくお願いします。 A ベストアンサー 「人はがんでは死なない」という言葉があります。 がんが特別な毒素を出すわけではありません。 では、なぜ、人はがんで死ぬのか? それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、 その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。 様々な症状の一つには、疼痛もあります。 これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。 気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。 肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用 が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。 大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。 腎臓の機能が低下すれば…… 脳の機能が低下すれば…… つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、 ということです。 何が起きても不思議ではない、ということです。 「苦しみが増しますか?」 軽くなるということはないでしょう。 出てきた苦しみを押さえるということになります。 「意識は最後まであるものですか?」 わかりません。 先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている 場合もあります。 「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」 状況によりますが、オムツということも考えてください。 尿はカテーテルを留置することになります。 残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、 「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを しないという選択肢もあります。 末期症状は、医師や看護師がよく知っています。 まずは、医師や看護師と相談してください。 「人はがんでは死なない」という言葉があります。 がんが特別な毒素を出すわけではありません。 では、なぜ、人はがんで死ぬのか? それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、 その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。 様々な症状の一つには、疼痛もあります。 これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。 気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。 肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化... A ベストアンサー 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。 リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。 seesaa. html 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義 右派リバタリアン で、それ以後を新保守主義 ネオコン といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン 左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法 戦争など過激な改革を許容する を執ると言う主義 です。 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで 高福祉政策 」などが有ります。 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。 そして変える方向 変えない方向 が自由か統制かで分類できます。 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。 自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。 リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。 seesaa. html 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...

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蝗害

聖書 イナゴ

【聖書箇所】 ヨエル書 1章1~20節 ベレーシート• 「ヨエル書は、表現と主題の両面において人目を引くものがある。 真に迫った描写で、ヨエルと肩を並べることのできる者はほとんどいない。 災害に襲われた国土、いなごの大軍の来襲、裁きの谷にすべての国民が集められる終末の時についての描写は、筆力満点の傑作である。 」 「旧新約聖書全解」434頁 とする J・シンドロー・バクスターの評価を、ヘブル語を通してどれだけ真実なものであるかを実際に味わってみたいと思います。 ヨエル書の鍵語は「 いなご」と「 主の日」です。 この二つの鍵語がどう結び付くのか、そしてヨエルはそこにどんな希望を見出したのか。 そこに焦点を当ててみたいと思います。 前代未聞のいなごの来襲による大災害の警告• ヨエル書においては「いなご」のイメージは強烈です。 いなごによる災害が未曾有のものであることが以下のような表現で強調されています。 またその増殖力が特徴。 専門的には、翅 はね のある直翅類。 聖書の中では最も多く登場する語彙です。 24回。 第四回目の脱皮後、ただちに飛び立ち、太陽を覆うほどになります。 多くのバッタの総称とも言われます。 「それらのうち、あなたがたが食べてもよいものは次のとおりである。 」とあるように、三番目に記されている「こおろぎ」の類いです。 22節にある四つの種はみな、「翅足を持ち、それで地上を飛び跳ねる種」です。 これらはみな食べることが許されています。 新共同訳では「羽がないいなご」と訳されています。 レビ記11章22節にのみ登場します。 このバッタの幼虫 青虫、毛虫、いも虫 がイチジクやオリーブなどの果樹の葉を食べて被害を与えます。 ナホム書3章17, 17節の「ゴーヴ」は大形のバッタの幼虫期、ないしは若虫期のものと言われます。 幼虫期や若虫期のバッタは成虫以上に食欲が盛んで、大きな被害を与えるとされています。 この「ゴーヴ」のイメージが、ナホム書では神の「衛兵」の比喩として用いられています。 草を食い切り、なめ尽くす、バッタの幼虫です。 ヨエル書1章4節に「いなご アルベ が残した物は、ばった イェレク が食い」とありますが、翅のあるアルベが飛び去ったあとに、その幼虫が現われて残りを食い尽くすことは、実際にあり得る話です。 原語は「なめるもの」「たたむもの」の意味で、おそらく、小さな翅をたたんでいる状態の、若い発育中のばったさすのであろうと説明しています。 この「ハースィール」は、ある種のバッタ、その幼虫であるとされています。 いずれにしても、訳語の「食い荒らすいなご」から連想されるのは、大喰らいのいなごの幼虫ということになります。 このように、一口に「いなご」と言っても、多くの種類があることが分かります。 ヨエル書1章4節に登場する四種の「いなご」とは、順に以下の通りです。 ヨエル書の「いなご」は、私たちの想像を絶するようないなごの大軍です。 砂漠と草原地帯の乾燥した平原で、一定の熱さと湿気があり、ある条件を満たすと、突然爆発的にその数を増し群れとなって周囲に広がって行きます。 そして雲のように他の地域に移動しはじめるのです。 何千万、何億といういなごが雲のように来襲することで大災害をもたらすその経験がベースとなって、神の警告的な預言がなされているのです。 主の日は近い、その日が来る。 その警告的な預言とは、1章6節にあるように、「一つの国民がわたしの国に攻め上った。 力強く、数えきれない国民だ。 その歯は雄獅子の歯、それには雄獅子のきばがある。 」とあるというものです。 「一つの国民」と「力強く、数えきれない国民」は同義です。 つまり、外国 異邦人 の侵略者たちによる破滅的な神のさばきがもたらされるという警告です。 15節ではそのさばきは「その日」「主の日」と呼ばれます。 このことを後の世代に伝えよと命じられているのです。 【新改訳改訂第3版】ヨエル書1章3節 これをあなたがたの子どもたちに伝え、子どもたちはその子どもたちに、その子どもたちは後の世代に伝えよ。 4節と同様の修辞法です。 この修辞法の名称は分かりませんが、とても重要な事柄を忘れることなく、次の世代、その次の世代にも周知徹底させようとする呼びかけです。 伝えるべき「これ」とは、いなごの大軍の来襲に例えられる「力強く、数えきれない国民」 1:6 の来襲です。 それは、アッシリヤ、バビロン、ペルシャ、ギリシャ、ローマ、そして最後は反キリストによる勢力が考えられます。 神のご計画においては、歴史の中で登場する強国はすべて、終わりの時に来襲する反キリストの型なのです。 それゆえ、ヨエルの警告は現代にとってもこれから成就する預言なのです。 それゆえヨエルは、未曾有の出来事が襲う「主の日」に備えて幾つかの命令をしています。 その命令は以下のようにパラレリズムの修辞法によって表わされています。 1 2節 長老たちよ。 これを聞け。 この地に住む者もみな、耳を貸せ。 2 5節 酔っぱらいよ。 目をさまして、泣け。 すべてぶどう酒を飲む者よ。 泣きわめけ。 甘いぶどう酒があなたがたの口から断たれた 預言的完了形 からだ。 いなごの大軍に象徴される恐ろしい侵略と荒廃を予想させます。 3 14節 断食の布告をし、きよめの集会のふれを出せ。 長老たちとこの国に住むすべての者を、あなたがたの神、【主】の宮に集め、【主】に向かって叫べ。 訳語は同じでも、原語は指示代名詞付きの単数、複数と、異なっています。 「主の日」こそ、ヨエル書の主題であり、それは未曾有の神のさばきと、その後に来る終末の回復の希望が同時に現われる日なのです。 【新改訳改訂第3版】出エジプト記10章12~19節 12 【主】はモーセに仰せられた。 「あなたの手をエジプトの地の上に差し伸ばせ。 いなごの大群がエジプトの地を襲い、その国のあらゆる草木、雹の残したすべてのものを食い尽くすようにせよ。 」 13 モーセはエジプトの地の上に杖を差し伸ばした。 【主】は終日終夜その地の上に東風を吹かせた。 朝になると東風が いなごの大群を運んで来た。 14 いなごの大群はエジプト全土を襲い、エジプト全域にとどまった。 実におびただしく、こんな いなごの大群は、前にもなかったし、このあとにもないであろう。 15 それらは全地の面をおおったので、地は暗くなった。 それらは、地の草木も、雹を免れた木の実も、ことごとく食い尽くした。 エジプト全土にわたって、緑色は木にも野の草にも少しも残らなかった。 16 パロは急いでモーセとアロンを呼び出して言った。 「私は、おまえたちの神、【主】とおまえたちに対して罪を犯した。 17 どうか今、もう一度だけ、私の罪を赦してくれ。 おまえたちの神、【主】に願って、主が私から、ただこの死を取り除くようにしてくれ。 」18 彼はパロのところから出て、【主】に祈った。 19 すると、【主】はきわめて強い西の風に変えられた。 風はいなごを吹き上げ、葦の海に追いやった。 エジプト全域に、一匹のいなごも残らなかった。

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