東京貨物ターミナル。 東京国際空港国際線地区旅客ターミナルビル等整備・運営事業 及び同地区貨物ターミナル整備・運営事業の選定事業候補者の決定について

汐留駅 (国鉄)

東京貨物ターミナル

概要 [ ] (5年)にの起点として開業した 新橋駅(初代)がこの駅の始まりである。 の設計による石張り2階建ての西洋建築の駅舎があり、長らくのとして機能していた。 当時のホーム構造はだった。 また(明治6年)9月には、当駅と横浜駅(初代・現在の)との間で日本初のの運行が開始された。 1日1往復の運行で、製のやを使用していたという。 (29年)9月1日に新橋駅・横浜駅間に日本初の急行列車を運転。 しかし、(3年)12月20日に旅客ターミナル駅の機能が新設のに移り、旅客営業が廃止された。 駅構内が広大だった当駅はとして再使用されることになり 、 汐留駅と改称し、同時に、電車線の駅であった烏森駅が、(2代目)と改称している。 なお、駅名改称に反対した人もいた。 また、歴史ある駅舎を利用して鉄道博物館を建設するという構想もあった。 (大正12年)に発生したにより開業時からの駅舎は焼失し、その後(9年)3月に2階建ての駅舎に建て替えられた。 (昭和34年)に当駅 - 間で日本初の専用貨物列車「」が運転されるようになり、(昭和39年)には東京駅の機能を移転し、小荷物取扱を開始した。 東海道・山陽方面へ向かう・のとして君臨し続けたが、荷物輸送がの登場で衰退し、貨物輸送は列車中心に変化していき、駅敷地が狭く増加するコンテナの取扱量に対応できず、やがてによる荷物輸送が(昭和61年)に廃止されると(1973年開業)に機能を譲り、汐留駅もその長い歴史に幕を閉じた。 なお、当駅からその東京貨物ターミナル駅までの区間には同駅がある大井埠頭と当駅のを取った 大汐線(おおしおせん)というがある。 また駅構内から、への線路が延びていた。 芝浦駅への線路は、駅構内の一番東側の部分から、構内の線路で折り返す形態でつながっていた。 東京市場駅へは、駅北東側でコンテナホームや混載ホームの間から、そのままへの線路が延びていた。 変わったところでは、(昭和60年)に運行を開始したは、当駅と間で運行しており、(昭和61年)の駅廃止直前まで、同列車の東京方始発・終着駅として利用され(その後に、末期はに変更)、こちらから発着するも運転されたこともある。 歴史 [ ] 明治期の旧新橋駅のにぎわい• (5年) - 新橋駅(初代)として開業。 初日は式典と御座乗運行のみで、実際の営業は翌日から。 (明治6年) - 貨物の取扱を開始。 (3年) - 東京駅開業に伴い旅客営業を廃止、 汐留駅に改称。 (大正12年) - 関東大震災で被害を受ける。 応急復旧でしばらく営業する。 (昭和9年) - 応急復旧の仮施設の改築、本格的な復旧工事を実施。 1952年(昭和27年)10月17日 - 当駅との間にが牽引する国鉄80年記念列車「一声号」が運行される。 (昭和29年)9月1日 - 小荷物(特別扱雑誌に限る。 )の取扱を廃止。 (昭和34年) - コンテナ貨物の取扱を開始。 汐留駅 - 間でコンテナ専用貨物列車「たから号」が運行開始。 これに合わせてコンテナ積卸線と低床ホームの新設、配線変更が行われた。 (昭和38年) - 営業範囲を「貨物。 ただし、散積の鉱石、石炭および野菜類ならびに活鮮魚(一塩のものを含む)の到着は取り扱わない。 」から「貨物。 ただし、次の貨物は取り扱わない。 活鮮魚(一塩のものを含む)ならびに散積の石炭類、鉱石類および野菜類の到着貨物。 木材、薪炭類、砂利および砂の到着車扱貨物。 」へ改正する。 (昭和39年) - 営業範囲を「手荷物、小荷物および貨物。 ただし、次のものは取り扱わない。 発送手荷物および小荷物(特別扱新聞紙および雑誌を除く。 )到着駅留手荷物および小荷物活鮮魚(一塩のものを含む。 )ならびにばら積みの石炭類、鉱石類および野菜類の到着貨物木材薪炭類、砂利および砂の到着車扱貨物。 」へ改正し 、取扱を開始。 (昭和40年)• 3月 - 建設に伴い、敷地の一部を新幹線用地に提供することになり、関連する配線工事が行われてこの頃完成する。 10月1日 - 営業範囲を「手荷物、小荷物および貨物。 ただし、手荷物および小荷物は次のものに限る。 発送:特別扱新聞紙・雑誌、到着:配達扱のもの(駅渡しとなるものを含む。 次の到着貨物は取り扱わない。 活鮮魚 一塩のものを含む。 ばら積みの石炭類・鉱石類・野菜類・車扱の木材・薪炭類・砂利・砂。 」へ改正する。 (昭和43年)10月1日 - 営業範囲を「手荷物、小荷物および貨物。 ただし、次の到着貨物は取り扱わない。 活鮮魚 一塩のものを含む。 ばら積みの石炭類・鉱石類・野菜類・車扱となる木材・薪炭類・砂利・砂。 」へ改正する。 (昭和47年)・15日 - 当駅と(に隣接)の間で、が牽引する記念列車「鉄道100年記念号」が運行される。 (昭和49年)10月1日 - 営業範囲を「荷物、貨物。 次の到着を除く。 活鮮魚(一塩のものを含む。 )・ばら積の石炭類・鉱石類・野菜類。 車扱による木材・薪炭類・砂利・砂。 」へ改正する。 (昭和53年) - 営業範囲を「荷物、貨物。 貨物は、次の到着を除く。 活鮮魚(一塩のものを含む。 )・ばら積の石炭類・鉱石類・野菜類。 車扱による木材・薪・炭類・砂利・砂。 」へ改正する。 (昭和59年) - 営業範囲を「貨物、車扱貨物。 車扱貨物は、次の到着を除く。 活鮮魚(一塩のものを含む。 )、ただし、高速貨物列車による冷蔵車積みのものは除く。 ばら積みの石炭類、鉱石類、野菜類。 車扱による木材、薪炭類、砂利、砂。 」へ改正する。 (昭和60年) - 汐留駅 - 間での運行を開始。 営業範囲を「旅客、荷物、車扱貨物。 ただし、旅客はカートレインに有効な乗車券類所持者に限る。 車扱貨物は、次の到着を除く。 ただし、高速貨物列車による冷蔵車積みのものは除く。 活鮮魚(一塩のものを含む。 )、ばら積みの石炭類、鉱石類、野菜類。 車扱による木材、薪炭類、砂利、砂。 」へ改正する。 旅客営業再開。 (昭和61年) - 廃止。 廃止後 [ ] 新橋駅0哩標識() 廃止後もしばらくの間、線路などの設備は残存していた。 築地市場への貨物輸送は(昭和62年)まで行われた他、同年にはの汽笛で(国鉄)の終焉との発足を告げる()が同地で行われた。 その後も(昭和63年)ののようにイベントに活用されることもあった。 民営化後、旧汐留駅跡地はへ移管され、国鉄の長期債務を返済するための売却対象地で最も注目された。 また、その後の再開発ではと呼ばれる民間資本の導入が検討され、内閣の政策の象徴ともなった。 しかし、東京の都心部にある31に及ぶ土地売却は「による地価高騰が更に過熱する」という理由で、その実施は延期され、いわゆる塩漬け状態で、空き地のまま放置された。 しかも、結局はによる地価暴落後に、安値での土地売却と買い叩かれる結果に終わり、による長期債務返済計画は、大きく狂った。 実際の再開発工事は(平成7年)から開始され、その際に下記の旧新橋停車場跡などが発掘された。 その後、(平成14年)以降には、同跡地にとして、事業者用のが次々と竣工した。 同年にはとのが開業し、汐留という駅名が引き継がれる事になった。 旧新橋停車場跡 [ ] 旧新橋停車場の転車台基礎 内部は鉄道の歴史に関する「鉄道歴史展示室」(運営は)になっており、以前は監修による店の「GRAND CAFE SHIMBASHI MIKUNI」(運営は)もあったが閉店した。 その後、中華料理店「Imperial Treasure」を経て2018年現在はが出店。 旧新橋停車場の裏手には、鉄道の起点であった「0哩()標」が当時と全く同じ位置に再現されており、当時のが数メートルだけ敷設されている。 その他 [ ]• 内に設けられたミニ運転列車の駅のひとつに、この駅にちなんで汐留の名が付けられた。 隣の駅 [ ] 東海道本線 東海道貨物線 汐留駅 - 汐留駅 - 汐留駅 - (1984年2月1日廃止) 汐留駅 - (1985年3月1日廃止) 脚注 [ ] []• (国立国会図書館デジタルコレクション)• 鳥海基樹「」(東京大学大学院都市工学専攻 1994年度修士論文)• 「国鉄80年記念」『Romance Car』No. 21・23合併号、112-113頁(復刻アテネ書房、1983年)• 1954年(昭和29年)8月26日日本国有鉄道公示第244号「東海道本線笹島停車場等における小荷物の取扱廃止」• 1962年(昭和37年)12月27日日本国有鉄道公示第653号「東海道本線汐留停車場における営業範囲を改正する件」• 1964年(昭和39年)9月28日日本国有鉄道公示第441号「営業範囲を改正」• 1965年(昭和40年)9月29日日本国有鉄道公示第571号「停車場の営業範囲を改正」• 1968年(昭和43年)9月30日日本国有鉄道公示第386号「停車場の営業範囲を改正」• 1974年(昭和49年)9月12日日本国有鉄道公示第208号「駅の営業範囲の改正」• 1978年(昭和53年)9月29日日本国有鉄道公示第122号「駅の営業範囲の改正」• 1984年(昭和59年)1月30日日本国有鉄道公示第174号「駅の営業範囲の改正」• 1985年(昭和60年)7月19日日本国有鉄道公示第54号「駅の営業範囲の改正」• 1986年(昭和61年)10月30日日本国有鉄道公示第139号「駅の廃止」• 1965年(昭和40年)5月12日文化財保護委員会告示第24号「史跡旧新橋横浜間鉄道創設起点跡を指定する件」• 1996年12月10日文部省告示第205号「史跡の指定地域を一部解除し、地域を追加して指定し、名称を改める件」 参考文献 [ ]• 福田敏一『』(、2004年)• 福田敏一『』(雄山閣、2004年)• 山田亮「汐留駅と東京の臨港鉄道 歴史と現状」• 電気車研究会『』2003年12月号 No. 740 pp. 61 - 68• 相田圭介「東京・大阪・名古屋の貨物線」• 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』2008年9月号 No. 808 pp. 14 - 15 関連項目 [ ]• 旧駅舎復元にあたり建材として使用された。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 (東日本鉄道文化財団サイトより)•

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東京国際空港国際線地区旅客ターミナルビル等整備・運営事業 及び同地区貨物ターミナル整備・運営事業の選定事業候補者の決定について

東京貨物ターミナル

貨物線と回送線 まず最初に『 貨物線』と『 回送線』について簡単に説明します。 貨物線とは、貨物列車が運行される路線のことで、 貨物専用の路線のことを指します。 普通の駅で貨物列車が走っているのを見かけることもありますが、それは貨物以外の路線を使って貨物列車が走っているだけで、その線が『貨物線』という訳ではありません。 回送線とは、その名の通り電車を回送させる為の線路で、 車庫に入る時に使われる路線です。 東海道貨物線 東海道貨物線とは、ざっくり言うと浜松町~小田原を結んでいる東海道線の貨物線の通称です。 貨物線はいろんな所にあるのでわかりづらいのですが・・・ <スポンサードリンク> 東海道貨物線のルート 東海道貨物線自体は小田原の方まで伸びていますが、 今回は現在休止中の 浜松町~東京貨物ターミナル駅まで(通称:大汐 おおしお 線)を見ていきます。 (休止中の路線は 休止線と呼ばれます) 東海道貨物線と並走する東海道新幹線の回送線及び大井車両基地も一緒にご紹介します。 この浜松町~東京貨物ターミナル間は、JR東日本が 羽田空港への新アクセス線として復活させる計画を進めていますね。 貨物線がどう生まれ変わるのかも楽しみです。 2019-02-26 00:24 貨物線は地下に潜ったりとわかりにくいので、地図で線路をたどりながら見ていきましょう。 スタート:浜松町(田町) 東海道貨物線は浜松町からスタートです。 この浜松町~田町間、歩いていると気が付きにくいですが 航空写真でみると 東海道新幹線に沿って東側に空き地があるのがわかります。 黄色く塗りつぶしている個所が、駐車場や空き地になっているスペースです。 現在線路は撤去されていますが、ここは元々 貨物線があった場所なんですよ。 田町付近に来ると貨物線の線路が現れてきます。 この写真の新幹線の右側の線路が、恐らく元貨物線の線路です(ちょっと自信なし) <スポンサードリンク> 札の辻橋から見る回送線 田町の 札の辻橋(ふだのつじばし)付近では、 東海道貨物線と並走している東海道新幹線の回送線が、本線を乗り越える個所が見えます。 写真だとわかりにくいですが、 下から 貨物線、 回送線(下り:車庫に入る)、 新幹線本線(下り)、 回送線(上り:車庫から出る)となっています。 本線をよく見ると線路が下がっているように見えますが、これは逆に回送線が上がっていて 本線を乗り越える形で車庫へと続いているのです。 奥の新幹線は車庫に入っていく車両で、手前の新幹線が車庫から出てきた車両。 どちらも 回送線を走っています。 このように 札の辻橋の付近で、東海道新幹線は本線と回送線に分岐、 貨物線と回送線は新幹線本線や山手線と分かれて、東側の海の方へと向かっていきます。 分岐後 貨物線と回送線が新幹線本線から分岐していった後のルートを追っていきます。 だいたいこの現在地辺りからみた線路。 この運河にかかっている線路が本線から分岐した貨物線と回送線です。 手前が 貨物線で、奥が回送線(地図ではJR新幹線引込線と書いてあります) マンションと運河の隙間をぬうように進んでいきます。 京浜運河と港湾倉庫街 首都高(1号羽田線)とモノレールを超えて京浜運河を渡ると、港湾の倉庫街にやってきます。 これが首都高と貨物線が交差している場所。 そしてその先で京浜運河を渡る貨物線。 ちなみにこのあたりからは、レインボーブリッジとループ部分を見ることもできます。 夜は綺麗そうですね。 ループ部分をちょうどゆりかもめが走っていました。 京浜運河を渡ると港湾の倉庫街ですが、一般の人はほとんど見かけませんでした。 <スポンサードリンク> モノレールと並走 京浜運河にそって南下していくと、京浜運河の対岸には 東京モノレールが走っているのが見えてきます。 京浜運河を渡ったところから、モノレールと貨物線・回送線は並走するようになります。 モノレールは途中までビルがあって見えませんが、天王洲アイルの近くまで来ると見えるようになります。 モノレールが見えました! 天王洲アイルを過ぎたところにある若潮橋は、モノレールと貨物線・回送線に挟まれているので、 モノレールと貨物線・回送線を両側に見られる絶好のポイントです。 左側に見えるのがモノレール、右側が貨物線・回送線。 ちょうど 回送線を走る東海道新幹線がきました。 1日に何本が回送線を走るのかわかりませんが、そらまめが歩いていた日は何本か走っているのを見かけました。 2019-02-24 22:40 貨物ターミナルへ さらに南下すると、貨物線・回送線と首都高湾岸線がクロスするところにきます。 手前側が 貨物ターミナルに入っていく線路。 なので線路が複数に分かれていきます。 右端の線路はさっき走っていた東海道新幹線の線路です。 真ん中の貨物線ですが、浜松町付近~この手前までは休止線の貨物線ですが、この先の貨物線はまだ使われているため、機関車が停まっていました。 線路自体はずっと繋がっていますが、ここを境に休止線と生きている線で分かれているのです。 ちなみにこの左側にある、貨物の休止線上に立っている茶色い建物、これ実はJR東日本の 訓練センター。 貨物の線路を利用した訓練所。 なので訓練用と思われるホームや設備等がありました。 どんなことをやってるんでしょうね。 そらまめ興味津々です。 そういえば貨物線を利用して作るというJR東の羽田空港アクセス線ですが、 この貨物線上にあるこの訓練センターはどうなるんでしょうね?移設されるんでしょうか。

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東京国際空港国際線地区旅客ターミナルビル等整備・運営事業 及び同地区貨物ターミナル整備・運営事業の選定事業候補者の決定について

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貨物線と回送線 まず最初に『 貨物線』と『 回送線』について簡単に説明します。 貨物線とは、貨物列車が運行される路線のことで、 貨物専用の路線のことを指します。 普通の駅で貨物列車が走っているのを見かけることもありますが、それは貨物以外の路線を使って貨物列車が走っているだけで、その線が『貨物線』という訳ではありません。 回送線とは、その名の通り電車を回送させる為の線路で、 車庫に入る時に使われる路線です。 東海道貨物線 東海道貨物線とは、ざっくり言うと浜松町~小田原を結んでいる東海道線の貨物線の通称です。 貨物線はいろんな所にあるのでわかりづらいのですが・・・ <スポンサードリンク> 東海道貨物線のルート 東海道貨物線自体は小田原の方まで伸びていますが、 今回は現在休止中の 浜松町~東京貨物ターミナル駅まで(通称:大汐 おおしお 線)を見ていきます。 (休止中の路線は 休止線と呼ばれます) 東海道貨物線と並走する東海道新幹線の回送線及び大井車両基地も一緒にご紹介します。 この浜松町~東京貨物ターミナル間は、JR東日本が 羽田空港への新アクセス線として復活させる計画を進めていますね。 貨物線がどう生まれ変わるのかも楽しみです。 2019-02-26 00:24 貨物線は地下に潜ったりとわかりにくいので、地図で線路をたどりながら見ていきましょう。 スタート:浜松町(田町) 東海道貨物線は浜松町からスタートです。 この浜松町~田町間、歩いていると気が付きにくいですが 航空写真でみると 東海道新幹線に沿って東側に空き地があるのがわかります。 黄色く塗りつぶしている個所が、駐車場や空き地になっているスペースです。 現在線路は撤去されていますが、ここは元々 貨物線があった場所なんですよ。 田町付近に来ると貨物線の線路が現れてきます。 この写真の新幹線の右側の線路が、恐らく元貨物線の線路です(ちょっと自信なし) <スポンサードリンク> 札の辻橋から見る回送線 田町の 札の辻橋(ふだのつじばし)付近では、 東海道貨物線と並走している東海道新幹線の回送線が、本線を乗り越える個所が見えます。 写真だとわかりにくいですが、 下から 貨物線、 回送線(下り:車庫に入る)、 新幹線本線(下り)、 回送線(上り:車庫から出る)となっています。 本線をよく見ると線路が下がっているように見えますが、これは逆に回送線が上がっていて 本線を乗り越える形で車庫へと続いているのです。 奥の新幹線は車庫に入っていく車両で、手前の新幹線が車庫から出てきた車両。 どちらも 回送線を走っています。 このように 札の辻橋の付近で、東海道新幹線は本線と回送線に分岐、 貨物線と回送線は新幹線本線や山手線と分かれて、東側の海の方へと向かっていきます。 分岐後 貨物線と回送線が新幹線本線から分岐していった後のルートを追っていきます。 だいたいこの現在地辺りからみた線路。 この運河にかかっている線路が本線から分岐した貨物線と回送線です。 手前が 貨物線で、奥が回送線(地図ではJR新幹線引込線と書いてあります) マンションと運河の隙間をぬうように進んでいきます。 京浜運河と港湾倉庫街 首都高(1号羽田線)とモノレールを超えて京浜運河を渡ると、港湾の倉庫街にやってきます。 これが首都高と貨物線が交差している場所。 そしてその先で京浜運河を渡る貨物線。 ちなみにこのあたりからは、レインボーブリッジとループ部分を見ることもできます。 夜は綺麗そうですね。 ループ部分をちょうどゆりかもめが走っていました。 京浜運河を渡ると港湾の倉庫街ですが、一般の人はほとんど見かけませんでした。 <スポンサードリンク> モノレールと並走 京浜運河にそって南下していくと、京浜運河の対岸には 東京モノレールが走っているのが見えてきます。 京浜運河を渡ったところから、モノレールと貨物線・回送線は並走するようになります。 モノレールは途中までビルがあって見えませんが、天王洲アイルの近くまで来ると見えるようになります。 モノレールが見えました! 天王洲アイルを過ぎたところにある若潮橋は、モノレールと貨物線・回送線に挟まれているので、 モノレールと貨物線・回送線を両側に見られる絶好のポイントです。 左側に見えるのがモノレール、右側が貨物線・回送線。 ちょうど 回送線を走る東海道新幹線がきました。 1日に何本が回送線を走るのかわかりませんが、そらまめが歩いていた日は何本か走っているのを見かけました。 2019-02-24 22:40 貨物ターミナルへ さらに南下すると、貨物線・回送線と首都高湾岸線がクロスするところにきます。 手前側が 貨物ターミナルに入っていく線路。 なので線路が複数に分かれていきます。 右端の線路はさっき走っていた東海道新幹線の線路です。 真ん中の貨物線ですが、浜松町付近~この手前までは休止線の貨物線ですが、この先の貨物線はまだ使われているため、機関車が停まっていました。 線路自体はずっと繋がっていますが、ここを境に休止線と生きている線で分かれているのです。 ちなみにこの左側にある、貨物の休止線上に立っている茶色い建物、これ実はJR東日本の 訓練センター。 貨物の線路を利用した訓練所。 なので訓練用と思われるホームや設備等がありました。 どんなことをやってるんでしょうね。 そらまめ興味津々です。 そういえば貨物線を利用して作るというJR東の羽田空港アクセス線ですが、 この貨物線上にあるこの訓練センターはどうなるんでしょうね?移設されるんでしょうか。

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