若者 の すべて。 1994年に放送された「若者のすべて」というドラマ、知ってる方いらっし...

若者のすべて (フジファブリックの曲)

若者 の すべて

アラン・ドロン 監督 脚本 ルキノ・ヴィスコンティ () 原案 ルキノ・ヴィスコンティ スーゾ・チェッキ・ダミーコ ヴァスコ・プラトリーニ 製作 出演者 音楽 撮影 編集 () 製作会社 ティタヌス Les Films Marceau 配給 Manenti Film Sp. 監督は。 、(1. 85:1)、168分(完全修復版は177分 )。 成功を夢見てにやって来たイタリア南部の貧しい家族と都会での残酷な現実を叙情的に描いた作品で、南北イタリアの経済格差を鋭く追及した。 イタリア語とフランス語の原題は「ロッコと彼の兄弟たち」の意味。 ()の小説『 Il ponte della Ghisolfa』の1エピソードから着想を得た作品であり 、『』以来ヴィスコンティとの共同脚本に参加しているに加え、と、そして ()を脚本に起用した。 でを受賞した。 ストーリー [ ] 未亡人のロザリア・パロンディとその4人の息子たち(シモーネ、ロッコ、チーロ、ルーカ)が、イタリア南部のから長男ヴィンチェンツォの住むへやって来る。 しかし駅に迎えに来るはずの長男の姿はない。 長男は恋人ジネッタとの婚約祝いのパーティの最中だったのだ。 息子たちとそこに乗り込んだロザリアはジネッタの母親と大喧嘩を繰り広げ、パーティをぶち壊してしまう。 かつてプロボクサーを目指していたことがあったヴィンチェンツォについてジムに行った次男シモーネは才能を認められ、ボクサーとして活躍するようになる。 しかし練習に身が入らず、娼婦のナディアと遊び暮らして堕落した生活を送るようになる。 三男ロッコはクリーニング店で働いていたが、シモーネがナディアにプレゼントするために女店主のブローチを盗んだことから、クビになってしまう。 ロッコは徴兵のために街を去る。 その後、長男ヴィンチェンツォはジネッタと結婚して独立、四男チーロは苦学の末、学校を卒業しての技師となる。 1年2ヵ月後、ロッコは出所したばかりのナディアと街で偶然に出会い、2人は恋に落ちる。 しばらくしてロッコが退役する。 ボクシングジムのマネージャーであるチェッリはシモーネには失望していたが、ロッコの才能を見抜き、スカウトする。 ロッコと愛し合うようになったナディアは別人のように真面目な生活を送るようになっていたが、そんなロッコとナディアの関係を知り、激しく嫉妬したシモーネは、仲間を連れて2人を襲い、ロッコの見ている前でナディアを強姦する。 ロッコとシモーネは激しく殴り合うが、ロッコはシモーネのためにナディアから身を引き、ボクサーとして活躍するようになる。 よりを戻したシモーネとナディアは自堕落な生活を送っていた。 シモーネは多額の借金を抱え、警察に追われるまでに落ちぶれる。 シモーネを救うため、ロッコは借金を肩代わりしてタイトル戦に挑む。 一方、シモーネと別れ、再び娼婦として客を取るようになっていたナディアにシモーネは復縁を迫る。 しかしナディアに口汚く罵られたシモーネは、怒りに任せてナディアをめった刺しにして殺してしまう。 ロッコの祝勝会に現れたシモーネを、母親とロッコだけが優しく迎え入れる。 シモーネがナディアを殺したと知った母親とロッコはシモーネをかばおうとするが、真面目なチーロが警察に通報し、数日後、逃隠れていたシモーネは逮捕される。 家を出ていたチーロに五男で末っ子のルーカが会いに来る。 チーロを責めるルーカにチーロは、都会での生活が善人だったシモーネを破滅させてしまい、ロッコの寛大さがそれに輪をかけてしまったこと、そしてシモーネを誰よりも愛していることなど、様々な想いを語る。 ルーカはチーロが家に戻ることを確認して帰って行く。 キャスト [ ]• ロッコ・パロンディ - : パロンディ家三男。 シモーネ・パロンディ - : パロンディ家次男。 ナディア - : 娼婦。 ロザリア・パロンディ - : パロンディ家の女家長。 モリーニ - : シモーネをチェッリのジムに引き抜いた男。 チェッリ - (): 有名のマネージャ。 ルイーザ - (): ロッコの勤め先のクリーニング店の女主人。 ジネッタ - : 長男ヴィンチェンツォの婚約者。 フランカ - : 四男チーロの婚約者。 ヴィンチェンツォ・パロンディ - (): パロンディ家長男。 チーロ・パロンディ - : パロンディ家四男。 の技師。 イーヴォ - (): シモーネのチンピラ仲間。 ルーカ・パロンディ - : パロンディ家五男(末っ子)。 クリーニング店の店員 - ()• ニーノ・ロッシ - : チンピラ。 日本語吹替 [ ] 役名 俳優 日本語吹替 版1 東京12ch版2 ロッコ・パロンディ シモーネ・パロンディ ジネッタ ナディア• 東京12ch版1:初回放送1969年11月6日『』• 東京12ch版2:初回放送1971年9月5日 脚注 [ ].

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若者のすべて : 作品情報

若者 の すべて

解説 イタリアの巨匠ルキノ・ビスコンティが1960年に発表した監督第7作で、都会の生活に翻弄される兄弟の姿を、アラン・ドロン、アニー・ジラルド、クラウディア・カルディナーレら若き俳優たちを起用して描いた。 ミラノに住む長男を頼りに、南部から移住してきたパロンディ家。 次男のシモーネはボクサーとして成功への糸口を見つけるが、娼婦ナディアに溺れ落ちぶれていく。 ある時、三男のロッコも偶然にナディアと知り合い、ロッコとナディアは惹かれあっていくが、2人の関係に嫉妬したシモーネによって悲劇が引き起こされる。 日本では60年に初公開。 ビスコンティ生誕110年&没後40年となる2016年、「ルキーノ・ヴィスコンティ 生誕110年 没後40年メモリアル イタリア・ネオレアリズモの軌跡」と題した特集で、デジタル修復版が上映される(4K完全修復版マスターから変換した2K上映)。 1960年製作/179分/G/イタリア・フランス合作 原題:Rocco e i suoi fratelli 配給:アーク・フィルムズ、スターキャット 日本初公開:1960年12月27日 スタッフ・キャスト アランドロンの顔がとにかく良い。 太陽がいっぱいの時より良い気がする。 とにかく顔が良くてこんな良い顔をボコボコに殴らせるボクサーなんてやめてくれと懇願したくなる。 内容はなんともまあ悲劇で、どんなご都合幸せ主義もできるフィクションの中でよくもここまでの人間のクズを作り出すもんだなと思った。 最後までよく誰もこいつを殺害しないな…と感心して観てしまった。 私が監督だったらこういう奴は絶対泣き喚き命乞いさせながらボロ雑巾みたいにして殺す。 人間のクズはもちろんとして、ボクサーアランドロンの兄さん愛も家族だから助け合う、庇い合う、の限度を明らかに超えており2人とも両極端に異常だ。 そして多分、だから2人とも幸せになれない。 何事も中庸が一番ですね ネタバレ! クリックして本文を読む 南から北イタリアへ 貧困を逃れてきた家族の物語 長男が 取っ掛かりをつけ、次男が一時 生活を支え、三男が大黒柱になり、四男がそれを支え 五男の成長を促す、ということになる この 五人の息子達の中で、次男と三男が ある意味、この過程で 犠牲者になる この二人と 彼らの人生に飛び込んできた、娼婦との 三角関係が この人間模様をドラマチックにする 演技的には、ジラルドが 二人を引っ張っている感じがする 無垢なドロンも 美しく、悲劇的である 監督の これらの人間への洞察が 素晴らしく、舌を巻かずにはいられない 田舎者と都市生活者、手堅く生きる 長男と四男、一発狙いの次男と彼に人生を狂わされる三男、男と女、イタリアの家族主義的生き方と 都会の娼婦の根なし草的生き方… 等々 の対比! 劇中で語られるように 次男は 愚かだが 他の兄弟が この地に根をおろす為の「生贄」になった これは日本的には 捨て石、人柱、人身御供、ということだろう そんな次男でも イタリアの家族主義は最後まで庇おうとする 次男が 娼婦を殺したことは 結果的に、彼女もこの一家の「生贄にしてしまった」ことになる 家族でもないのに! 次男の人生にピリオドを打ち、三男が 聖人になるための、大黒柱として生きてゆくための、そして 一家が繁栄するための 人柱になった そして 三男はこの十字架を背負って 生きてゆくことになる 彼も 最後の生贄、かもしれない… 嵐のように、この家族に 娼婦が飛び込んで来た後、豆を分けながら 次男が無邪気に微笑み、三男が歌を歌う 場面が 好きだ この後、次男は 都会と女に幻惑され、真っ逆さまに堕ちて行く… 自分の宿命に 何処かで気がついただろうか? 個人的には 美しく、魅力的な娼婦ナディアに 哀れさを感じる 集団から 家族から 外れているものは、真っ先に殺されてしまうからだ オペラ的な感情表現に 揺り動かされながら 一気に見てしまい、考えさせられた 人が 生き残ってゆく、家族を存続させてゆく、 という難しさ 人との出会いの 素晴らしさと、恐ろしさ オペラとイタリア南部の土着信仰が融合した物語だろうか… 移民で 揺れるヨーロッパを ヴィスコンティは 墓の下で どう思うだろう• 「デスカムトゥルー」 C IZANAGIGAMES, Inc. All rights reserved. 「ソニック・ザ・ムービー」 C 2020 PARAMOUNT PICTURES AND SEGA OF AMERICA, INC. ALL RIGHTS RESERVED. 「エジソンズ・ゲーム」 C 2018 Lantern Entertainment LLC. All Rights Reserved. 」 C 2019 Sony Pictures Television Inc. and CBS Studios Inc. All Rights Reserved. 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

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若者のすべて (テレビドラマ)

若者 の すべて

映画『若者のすべて』 ROCCO EI SUOI FRATELLI 2016年12月 4Kデジタル完全修復版 について 今回日本で公開が実現したのは、マーティン・スコセッシ設立のザ・フィルム・ファンデーションとGUCCIの資金提供により、 フィルムを4Kで修復して2015年に完成したもの。 当時の撮影監督:ジュゼッペ・ロトゥンノの監修により当時の映像を再現。 また1960年当時、検閲によりカットされた 2つのシーンを追加されて2分間尺が延びている。 改めてこの作品を見ると、ギリシャ神話のような骨太な物語になっている。 実際、ヴィスコンティは新約聖書やトーマス・マンの「ヨゼフとその兄弟」、ドストエフスキーの「白痴」をイメージしていたと言うし、新約聖書の「カインとアベル」、ようは『エデンの東』の兄弟関係も見え隠れする。 流石に今回の完全修復版は映像が、古い作品(特にイタリア映画だと保管状態が悪いケースが多い)だと縦線が入ったり、色味(今回はモノクロだが)が微妙に違ったりするが、 全て修正されていて非常に美しい。 改めて大画面の映画館で見る価値はある! 2017年1月7日~ 2017年1月21日~ 2016年12月24日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開 アラン・ドロンとの出会いでリアリズムから耽美主義へ この作品を観ると、ヴィスコンティの二面性が見えてくる。 一つはネオ・レアリズモの旗手としてのヴィスコンティと、もう一つは耽美主義的な作品を輩出したヴィスコンティ。 以降に作品に見られる耽美主義的な側面と、それ以前の作品に見られたリアリズムが見事に融合している。 イタリアの第二次世界大戦後の貧しい家族をリアリティに描くことの恐ろしさ。 それを最も顕著に表現していたのは、ロッコ達5人兄弟の母親で有った。 それは、お金に執着する姿...その度に背筋に冷たいものが走る。 ヴィスコンティは、この母親を通してイタリアの戦後を描いてみせた。 それはロッセリーニやデ・シーカの初期の作品に共通するものが有る。 彼らの作品以上に、この作品(と言うかヴィスコンティ)が素晴らしいのは、リアリズムと同時に、そこに出てくる登場人物の描写が実に丹念で、その情念までも画面に映し出されてしまうことだ。 と、同時にロッコ、シモーネとナディアとの三角関係を通して、愛の不毛を描いている。 ロッコの聖人のような寛容な心とシモーネの世俗的な邪悪な心...それに翻弄される一人の女性ナディア。 ヴィスコンティの後の作品『地獄に堕ちた勇者ども』と共通する、 自由主義(個人主義)とロマン主義(全体主義)の対峙が既にそこに描かれている。 この作品には、イタリアの貧しい生活を描いたリアリズムと同時に、人間に内在する2つの側面を兄弟を通して描いてみせる。 人間の持つ欲望の恐ろしさを見事に描き、それが一つの家族を崩壊へと導く。 第二次世界大戦直後という時代が、 イタリアの人々、いや庶民の心を荒廃させた... 本当の貧しさ、お金を持たないこと、それ以上に人を愛する心を失う事...いや、 愛し方すら忘れた心、そんな思いを強く訴えかけてくる。 愛の不毛と言えば、 ミケランジェロ・アントニーニを思い出す。 彼はヴィスコンティの下で映画を学んだ、この作品を観ていて、ふとそんなことを思い出した。 また、この作品でのアラン・ドロンは、実に生き生きして清々しい魅力を振りまいていた。 『太陽がいっぱい』と並ぶ、いやそれ以上の彼の名演技だと思う。 南部で貧窮にあえいでいたパロンディ家は、先に北部の大都市ミラノに出稼ぎに来ていた長兄ヴィンチェを頼って、老いた母と兄弟4人でやって来る(冒頭、広大なミラノ駅をガラス張りの天井越しに眺める俯瞰ショットが小さな母子たちをパンして捉える。 大作の予感が充ち満ちる)。 長兄には同郷出身の婚約者ジネッタ(カルディナーレ)がいたが、田舎出の彼らに対する風当たりは厳しい。 そして、次兄シモーネ(サルヴァトーリ)が主に登場する第二部へ。 彼は三男のロッコ(ドロン)と共にプロ・ボクサーを目指しジムに入ったが、娼婦ナディア(ジラルド)に夢中になり、自らその可能性を潰して、悪の道に陥る。 が、そのナディアはロッコを愛し始め、これに憤ったシモーネは仲間と共に、ロッコの目の前で彼女を犯す(まさに圧巻の場面!)。 ロッコのお蔭で立ち直りかけていたナディアだが、輪姦に心深く傷つき、再び街娼へと逆戻りした。 そして第三部ロッコ篇。 ロッコもまたナディアを諦めた。 クリーニング店で地道に働いていたのだが、それも辞め、一家の期待を一身にボクサー稼業へ舞い戻る。 一方、シモーネの暮らしは荒れに荒れ、結局、ナディアを誘ったバカンス旅行(豪華な園遊会を開くホテルを前にたたずむ二人が妙に寒々しかったのが記憶に残る)で彼女を殺してしまう(夜、森の池のそばで。 これも凄まじいシーン)。 ロッコがボクサーに復帰して5年経っていた。 いよいよチャンピオンとなった彼を祝っている時、憔悴しきったシモーネが家に帰ってくる。 彼にとことん侮辱され、また愛した女を殺されたロッコではあったが、今は何も言わず、泣きながら兄を抱き締めるのだった・・・。 このネオレアリズモの総集編のような壮大な叙事詩を放ってのち、ヴィスコンティは、より典雅で耽美的かつ様式的な貴族階級を描く独自の世界に没入していくことになる。 はじめまして! 山田イトウ(ペンネーム)です。 小学生の頃に父親にタイロン・パワー、キム・ノバク主演の『愛情物語』に連れて行かれてハリウッド映画に触れたのがキッカケで、青春時代は『スター・ウォーズ』とスピルバーグ映画に傾倒。 1980年代にはルキノ・ヴィスコンティ作品に心酔してヨーロッパや世界の映画を見るようになる。 1990年頃からホームページやブログ、雑誌などに映画の感想を投稿開始、現在に至るまで執筆活動を継続。 2010年頃からはプロデューサーとして活動を開始、3本の長編商業映画を劇場公開させる。 映画に関する執筆のお仕事の依頼をお待ちしています。 随時、映画の企画も進行中~絶賛、出資者・企画の持ち込みをお待ちしています!.

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